• 2026年10月14日

4年間続くむせ込みの原因は血管だった。右鎖骨下動脈起始異常(ARSA)によるルゾリア嚥下障害(Dysphagia Lusoria)― 内視鏡・胸部CTで明らかになった食道圧迫と保存的嚥下管理【NEJM 2026】

食事中のむせ込みや飲み込みにくさが長く続く場合、喉の筋力低下や神経の病気だけでなく、食道の外側を走る血管が原因となっていることがあります。今回紹介するのは、4年間にわたって食事中のむせ込みを繰り返していた44歳男性の症例です。内視鏡検査と胸部CTによって、通常とは異なる場所を走る右鎖骨下動脈が食道を圧迫していることが判明しました。手術を行わず、飲み込み方や食事形態を調整することで症状が改善した経過から、長引く嚥下障害の診断と治療について解説します。

1.はじめに:長引く嚥下障害に隠れた「血管の走行異常」

食事中にむせる、飲み込みにくい、喉や胸の奥に食べ物がつかえる――。

こうした嚥下障害(Dysphagia)の背景には、脳血管障害、神経筋疾患、加齢による嚥下機能低下、胃食道逆流症、食道狭窄、悪性腫瘍など、多様な病態が存在します。

しかし、比較的まれな原因として、生まれつき通常と異なる経路を走る血管が、食道を外側から圧迫している場合があります。

その代表が、右鎖骨下動脈起始異常(Aberrant Right Subclavian Artery:ARSA)です。

通常、右鎖骨下動脈は腕頭動脈から分岐します。一方、ARSAでは、右鎖骨下動脈が大動脈弓の通常とは異なる位置から分岐し、多くの場合、食道の後方を通って右上肢へ向かいます。

この血管が食道を圧迫し、嚥下障害を引き起こす病態を、「ルゾリア嚥下障害(Dysphagia Lusoria)」と呼びます。

2026年6月の『The New England Journal of Medicine(NEJM)』に、この病態を内視鏡と胸部CTによって診断した44歳男性の症例が報告されました。

本症例の特徴は、脳性麻痺に伴う軽度の口腔咽頭性嚥下障害がすでに認められていたにもかかわらず、症状が長期間持続し、追加検査によって食道の器質的な圧迫が判明したことです。

2.症例提示:4年間続いた食事中の窒息・むせ込みエピソード

患者は44歳男性です。

既往歴として脳性麻痺(Cerebral palsy)があり、長年にわたる痙性四肢麻痺(Spastic quadriplegia)と言語発達遅滞を認めていました。

主訴は、食事中に繰り返す窒息・むせ込みエピソード(Choking episodes)でした。

これらの症状は約4年間持続していました。

これまでに行われていた評価と治療

患者はすでに嚥下機能の評価を受けており、嚥下造影検査(Modified barium-swallow study)によって、軽度の口腔咽頭性嚥下障害が確認されていました。

また、胃食道逆流症に対する治療として、プロトンポンプ阻害薬(PPI)が使用されていました。

さらに、嚥下機能の評価に基づき、食事形態の調整も行われていました。

しかし、これらの対応を行っても症状は持続していました。

ここで重要なのは、神経学的な嚥下障害が存在していても、それだけですべての症状を説明できるとは限らないという点です。

嚥下障害は大きく、食物を口から咽頭へ送り込む過程の障害(口腔咽頭性嚥下障害)と、食物が食道を通過する過程の障害(食道性嚥下障害)に分けて考えることができます。

本症例では、この2つの異なる病態が併存していた可能性があります。

3.上部消化管内視鏡:食道内に見えた拍動性の索状構造

症状が長期間持続していたため、上部消化管内視鏡検査(Esophagogastroduodenoscopy:EGD)が施行されました。

その結果、食道上部の後壁に特徴的な異常所見が認められました。

食道後壁に、拍動を伴う索状構造による内腔の狭小化が確認されたのです。

原著では、この所見を「Pulsating, cordlike structure」と表現しています。

通常の食道粘膜病変とは異なり、拍動性を伴う外圧迫を示唆する所見でした。

このような内視鏡所見を認めた場合、周囲の血管構造との解剖学的関係を検討することが重要です。

特に、血管性病変が疑われる隆起や圧迫部位に対しては、画像評価を行わずに安易な生検などの侵襲的操作を加えない慎重な判断が求められます。

なお、内視鏡検査だけでは圧迫源となる血管を確定できないため、追加の画像検査が重要になります。

4.胸部CT:右鎖骨下動脈の異常走行が明らかに

続いて胸部CT検査が行われました。

CTでは、右鎖骨下動脈が通常の腕頭動脈から分岐するのではなく、大動脈弓から第4枝として起始し、食道後方を通過して右側へ走行することが確認されました。

この所見から、右鎖骨下動脈起始異常(ARSA)が同定されました。

原著の画像では、異常走行する右鎖骨下動脈、大動脈弓からの分岐位置、および食道の位置関係が示されています。

内視鏡で確認された拍動性の食道圧迫と、CTで明らかになった血管走行異常を組み合わせることで、ルゾリア嚥下障害と診断されました。

右鎖骨下動脈起始異常(ARSA)とは?

通常、右鎖骨下動脈は、大動脈弓から分岐する腕頭動脈を経由して右上肢へ血液を供給します。

一方、ARSAでは胎生期の大動脈弓形成過程における血管の発達・退縮の違いによって、右鎖骨下動脈の起始部と走行が変化します。

ARSAは大動脈弓分枝の先天異常として比較的頻度が高く、報告によって差はありますが、一般集団の約0.5~2%に認められるとされています。

多くは無症状で、画像検査の際に偶然発見されます。

しかし、一部の患者では食道への外圧迫によって嚥下障害が生じます。

なぜ中年期以降に症状が現れるのか?

ARSAは先天性の解剖学的異常ですが、必ずしも小児期から症状を認めるわけではありません。

加齢に伴う血管壁の硬化や大動脈の形態変化などによって、食道への圧迫が臨床的に問題となる可能性があります。

NEJMの原著でも、中年期になって血管が硬くなることで症状が現れる場合があると説明されています。

ただし、これは一般的な病態機序であり、本症例において血管硬化の程度やその経時的変化が直接評価されたわけではありません。

つまり、生まれつき存在していた血管の走行異常が、中年期になって初めて症状の原因として明らかになることがあるのです。

5.嚥下障害の鑑別診断:口腔咽頭性と食道性を分けて考える

嚥下障害の診療では、症状の発生する段階を評価することが重要です。

① 口腔咽頭性嚥下障害(Oropharyngeal dysphagia)

食物を口から咽頭へ送り、食道へ移動させる過程に障害が生じます。

主な原因として、脳血管障害、パーキンソン病、神経筋疾患、脳性麻痺、加齢に伴う機能低下などがあります。

食事開始直後のむせ込み、咳込み、飲み込み動作の困難さなどが手がかりとなります。

② 食道性嚥下障害(Esophageal dysphagia)

食物が食道を通過する過程に障害が生じます。

主な原因には、食道狭窄、食道癌、好酸球性食道炎、食道運動障害、アカラシア、食道外からの圧迫などがあります。

ARSAによるルゾリア嚥下障害は、この食道性嚥下障害の原因の一つです。

③ 複数の原因が併存する嚥下障害

本症例では、脳性麻痺に伴う口腔咽頭性嚥下障害がすでに指摘されていました。

そのため、長期間続く症状についても神経学的な問題が主因と考えられていた可能性があります。

しかし、内視鏡とCTによって食道外圧迫という別の病態が明らかになりました。

この症例から得られる重要な教訓は、既知の疾患が存在していても、治療に反応しない症状については新たな原因や併存疾患を検討する必要があるということです。

一般診療においても、胃酸分泌抑制薬や食事調整で改善しない嚥下障害では、適切な専門診療科と連携し、器質的病変や食道運動障害などを再評価することが大切です。

6.治療:手術を行わない保存的嚥下管理

ルゾリア嚥下障害の治療は、症状の重症度、栄養状態、誤嚥の危険性、血管の形態、患者さんの全身状態などを踏まえて個別に検討されます。

症状が軽度で、栄養状態が維持されている場合には、食事形態や摂食方法を調整する保存的管理が選択肢となります。

一方、嚥下障害が重度である場合、体重減少や栄養障害が進行する場合、あるいは関連する動脈瘤などの血管病変を伴う場合には、血管外科・心臓血管外科での専門的評価が必要となります。

本症例では、患者の医療代理人(Health care proxy)が、手術を行わない管理方針を選択しました。

具体的には、以下の保存的管理を継続しました。

  • 言語聴覚士による嚥下療法(Speech–language therapy)
  • 患者の嚥下機能に応じた食事形態の調整(Dietary modifications)

原著では、個々の嚥下訓練手技、食物の具体的な硬さ、とろみの程度などは報告されていません。

したがって、特定の訓練方法や食事形態による効果を本症例から断定することはできません。

3ヶ月後の臨床経過

診断から3ヶ月後の追跡評価では、食事中の窒息・むせ込みエピソードの頻度が減少しました。

また、経口摂取を継続できており、体重も維持されていました。

これは、食事摂取に関する臨床症状が改善したことを示す重要な結果です。

一方で、原著では誤嚥の完全消失、血管による食道圧迫の解除、長期的な治療効果までは確認されていません。

保存的管理によって症状が改善したことと、解剖学的な血管走行異常そのものが解消したことは、区別して理解する必要があります。

7.本症例から学ぶ重要な臨床的ポイント

今回のNEJM症例から、日常診療に役立ついくつかの重要な教訓が得られます。

① 嚥下障害には血管性の原因も存在する

嚥下障害は、必ずしも口腔・咽頭・食道そのものの病気だけで生じるわけではありません。

食道の周囲に存在する大動脈やその分枝による外圧迫も、鑑別診断に含める必要があります。

② 既存の神経疾患だけで症状を説明しない

脳性麻痺や脳血管障害などの既往がある患者さんでは、嚥下障害を神経学的な問題として捉えやすくなります。

しかし、既存疾患による嚥下障害と、別の器質的異常が併存することもあります。

治療を行っても症状が持続する場合には、診断を見直すことが重要です。

③ 内視鏡と画像検査の組み合わせが有用

内視鏡は食道内腔の形態や粘膜の状態を確認するために重要な検査です。

一方、CTなどの断層画像検査は、食道と周囲の血管・縦隔構造の位置関係を評価するために役立ちます。

特に血管走行異常が疑われる場合、造影CTやCT血管造影(CTA)が詳細な血管解剖の評価に用いられます。

④ 診断がついても、必ずしも手術が必要とは限らない

ARSAによる食道圧迫が確認されたからといって、すべての患者さんが外科治療の対象となるわけではありません。

患者さんの症状、栄養状態、血管形態、併存疾患などに応じて、保存的管理と外科的治療の適応を検討します。

⑤ 嚥下管理では栄養状態の維持も重要

むせ込みの頻度だけでなく、十分な経口摂取が可能か、体重が維持されているか、脱水や低栄養を生じていないかを確認する必要があります。

また、誤嚥性肺炎の発症リスクについても、個々の嚥下機能に応じて評価することが重要です。

8.患者さんへ:こんな症状が続く場合は相談を

以下のような症状が続く場合には、医療機関での評価をおすすめします。

  • 食事中に何度もむせる、咳き込む
  • 食べ物が喉や胸の奥につかえる
  • 飲み込みにくさが徐々に強くなっている
  • 胃薬を使用しても嚥下時の不快感が改善しない
  • 食事に時間がかかり、体重が減ってきた
  • 神経疾患などによる嚥下障害があるが、従来の対策では十分改善しない

これらの症状があっても、必ずしも血管走行異常が原因とは限りません。

むしろ、より頻度の高い食道・咽頭疾患や神経筋疾患などを含めた評価が必要です。

また、食べ物が完全につかえて唾液も飲み込めない場合、呼吸困難を伴う場合、急激な症状の悪化を認める場合には、速やかな救急受診が必要です。

嚥下障害は、原因を適切に把握し、必要な治療や食事・嚥下管理につなげることが大切です。

9.クリニックからのメッセージ:長引く嚥下障害を全身から考える

柏五味歯科内科リウマチクリニックでは、総合内科専門医・リウマチ専門医、肝臓領域の専門医が連携し、詳細な問診や診察、血液検査、必要に応じた画像検査の情報を組み合わせ、症状の原因を総合的に評価することを大切にしています。

長引くむせ込みや飲み込みにくさ、胃薬で改善しない食道の不快感についても、神経疾患、食道疾患、全身疾患などを考慮し、必要に応じて消化器内科・耳鼻咽喉科・嚥下専門外来・血管外科などの専門医療機関と連携します。

嚥下障害と口腔ケア:医科歯科連携の重要性

嚥下機能が低下している方では、唾液や口腔内の細菌が気道に入り、誤嚥性肺炎の発症に関与することがあります。

日常的な歯磨きや専門的な口腔管理は、口腔内の細菌量を減らし、口腔環境を良好に維持するために重要です。

また、歯周病やむし歯の治療、義歯の調整、口腔機能の評価なども、安全な食生活を支える大切な要素です。

当院では、内科と歯科が同一施設内で診療し、電子カルテを共有する医科歯科連携体制を整えています。

嚥下機能の低下が疑われる患者さんに対しても、全身状態や基礎疾患を踏まえながら、必要な口腔管理と専門医療機関への連携をご提案します。

なお、口腔ケアだけで嚥下障害や誤嚥性肺炎を完全に防げるわけではありません。適切な嚥下評価、食事形態の調整、栄養管理、基礎疾患の治療を組み合わせた総合的な対応が重要です。

柏市・我孫子市周辺で、長引くむせ込みや飲み込みにくさ、お口の健康についてお悩みの方は、お気軽にご相談ください。

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■ 参考文献

Dubey I, Wadhwa N. Dysphagia Lusoria. N Engl J Med. 2026;394(21).

Published online May 30, 2026.

DOI: 10.1056/NEJMicm2600585

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【執筆・監修医師プロフィール】

■ 福田 匡志(ふくた まさし)
成田赤十字病院 リウマチ膠原病内科部長 / 柏五味歯科・内科リウマチクリニック 医師。
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本リウマチ学会認定 リウマチ専門医。

■ 福田 涼子(ふくた りょうこ)
日本大学松戸歯学部歯内療法学講座兼任講師。
日本歯内療法学会専門医、日本歯科保存学会認定医。

■ 春原 優子(はるはら ゆうこ)
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本消化器病学会専門医、日本肝臓病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。

全国の患者様やご家族に向けて、関節リウマチ・膠原病・総合内科・消化器・歯科疾患を中心に全身に関する最新の医学論文や正しい知識を分かりやすく解説・発信しています。

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