• 2026年9月10日

思春期の閉塞性肥大型心筋症に新たな治療選択肢へ|NEJM「SCOUT-HCM試験」が示したマバカムテンによるLVOT閉塞改善

心筋の「過剰な収縮」そのものを標的とする心筋ミオシン阻害薬。12〜17歳の症候性閉塞性肥大型心筋症を対象とした第3相SCOUT-HCM試験で、Valsalva誘発LVOT圧較差をプラセボと比較して48.0 mmHg低下させ、心筋壁厚や拡張機能、心筋ストレスマーカーにも改善が認められました。

肥大型心筋症(Hypertrophic Cardiomyopathy:HCM)は、心臓の筋肉、とくに左心室の心筋が異常に厚くなる疾患です。

小児期のHCMは稀で、報告によって差はありますが、年間発症率はおおむね小児10万人あたり0.2〜0.5人程度とされています。

一方、小児HCMは成人とは原因や臨床経過が異なることがあり、突然死や心不全などの重篤なイベントにも注意が必要です。

とくに、肥厚した心筋や僧帽弁の動きによって心臓から血液が出ていく通路が狭くなる状態を、閉塞性肥大型心筋症(obstructive HCM:oHCM)と呼びます。

左室流出路(LVOT)の閉塞が強くなると、

  • 運動時の息切れ
  • 胸痛
  • 動悸
  • めまい
  • 失神
  • 運動耐容能の低下

などが現れることがあります。

これまで小児・思春期のoHCMでは、成人の治療経験を参考にβ遮断薬などが使用され、症状や閉塞が強い場合には心室中隔心筋切除術などが検討されてきました。

今回、心筋収縮そのものを分子レベルで調節するマバカムテン(mavacamten)を思春期患者に用いた第3相試験「SCOUT-HCM」の結果が、2026年に『New England Journal of Medicine(NEJM)』で報告されました。

1.マバカムテンとは?――心筋の「過剰収縮」を抑える薬

心筋が収縮するときには、主にミオシンアクチンというタンパク質が相互作用します。

ミオシンの頭部がアクチンと結合してクロスブリッジ(架橋)を形成し、それを繰り返すことで心筋は収縮します。

肥大型心筋症では、この収縮システムが過剰に活性化していることが病態の一つと考えられています。

マバカムテンは、心筋ミオシンを選択的かつ可逆的に阻害することで、アクチンと相互作用できるミオシン頭部の数を減らします。

つまり、

心筋を単純に「弱らせる」のではなく、過剰になった収縮を適正な方向へ調節する

という、従来薬とは異なる作用機序を持つ薬剤です。

成人の症候性oHCMではすでに治療に用いられており、今回、その治療概念が思春期患者にも応用できるのかが検討されました。

2.SCOUT-HCM試験とは?

SCOUT-HCM試験は、

12歳以上18歳未満の症候性閉塞性肥大型心筋症患者

を対象とした、国際共同・第3相・二重盲検・ランダム化プラセボ対照試験です。

対象となったのはNYHA心機能分類II〜IIIの症状を持つ患者で、計44人が無作為化されました。

  • マバカムテン群:23人
  • プラセボ群:21人

治療期間は28週間です。

マバカムテンは体重などに応じて2.5 mgまたは5 mg/日から開始し、LVOT圧較差や左室駆出率(LVEF)などの心エコー所見を確認しながら用量調整されました。

主要評価項目は、

28週後のValsalva手技誘発LVOT圧較差のベースラインからの変化量

でした。

結果① Valsalva誘発LVOT圧較差が大きく低下

試験開始時のValsalva誘発LVOT圧較差は、

  • マバカムテン群:78.4 mmHg
  • プラセボ群:80.8 mmHg

と、両群とも高度な閉塞を認めていました。

28週後、LVOT圧較差の最小二乗平均変化量は、

  • マバカムテン群:−48.5 mmHg
  • プラセボ群:−0.5 mmHg

でした。

群間差は、

−48.0 mmHg
95%信頼区間 −67.7〜−28.3
P<0.001

となり、マバカムテンによってLVOT閉塞が有意に改善しました。

これはSCOUT-HCM試験でもっとも重要な結果です。

結果② 安静時・運動後のLVOT閉塞も改善

改善はValsalva時だけではありませんでした。

プラセボ群との比較では、

  • 安静時LVOT圧較差:−47.0 mmHg
  • 運動後LVOT圧較差:−41.7 mmHg

と、異なる条件でもLVOT閉塞の改善が確認されました。

つまり、一時的な測定条件だけではなく、心臓から血液が送り出される際の血行動態そのものが改善していることを示唆します。

結果③ 心筋壁厚と拡張機能にも変化

さらに興味深いのが、心臓の「形」と「拡張機能」にも変化がみられたことです。

最大左室壁厚は、プラセボ群と比較して、

−1.8 mm

改善しました。

また、左室拡張機能を評価する指標の一つである平均E/e′も、

群間差 −3.4

と改善しました。

肥大型心筋症では、心筋が厚くなるだけでなく、心臓が硬くなり、拡張期に十分な血液を受け入れにくくなることがあります。

そのため、LVOT圧較差だけではなく、壁厚や拡張機能にも変化が認められた点は重要です。

ただし、治療期間は28週間であり、これらを長期的な「心筋リモデリングの逆転」や病態の寛解とまで結論づけることは現時点ではできません。

結果④ NT-proBNP・高感度トロポニンも低下

探索的解析では、心筋への負担を反映するバイオマーカーにも改善が認められました。

28週時点におけるプラセボ群に対する幾何平均比は、

  • NT-proBNP:0.23
  • 高感度心筋トロポニンI:0.37

でした。

NT-proBNPは心室壁にかかるストレスを反映する代表的なマーカーです。

高感度トロポニンは心筋細胞の傷害を反映します。

これらの低下は、LVOT閉塞が改善することで心筋に加わる血行動態的な負担が軽減している可能性を支持する所見です。

ただし、バイオマーカー改善そのものが将来の突然死や心不全発症を減少させることまで、この試験から直接証明されたわけではありません。

結果⑤ 28週間では明らかな新規安全性シグナルを認めず

有害事象は、

  • マバカムテン群:約78%
  • プラセボ群:約81%

と大きな差を認めませんでした。

重篤な有害事象は両群2例ずつでした。

また、試験期間中、

LVEFが50%未満まで低下した患者はいませんでした。

死亡例も認められませんでした。

心筋ミオシン阻害薬では、心筋収縮を過度に抑制することで左室収縮機能が低下する可能性が重要な安全性上の問題になります。

今回の28週間の試験ではそのような明確なシグナルは認められませんでしたが、症例数は44人と少なく、長期安全性については今後の追跡が必要です。

3.SCOUT-HCM試験の何が画期的なのか?

この研究の最大の意義は、

思春期の症候性oHCMに対して、「心筋の過剰収縮」という病態そのものを標的とする治療が、ランダム化比較試験でLVOT閉塞を大きく改善した

ことにあります。

これまでのβ遮断薬なども心拍数や収縮力を調整する重要な治療薬ですが、マバカムテンはサルコメアレベルでミオシンの働きを直接調節します。

その意味で、肥大型心筋症治療は、

症状や血行動態を調節する治療から、病態形成に関わる分子機構を標的とする治療へ

一歩進んだと考えることができます。

ただし「長期予後改善」まではまだ分からない

非常に有望な結果ですが、注意も必要です。

今回のプラセボ対照期間は28週間で、対象患者は44人でした。

したがって、現時点では、

  • 突然死を減らすか
  • 心不全入院を減らすか
  • ICD治療を減らすか
  • 心筋切除術などの中隔縮小治療を回避できるか
  • 数年〜数十年単位で心筋症の進行を変えられるか

については結論を出せません。

SCOUT-HCMではその後の治療期間および長期延長試験も計画されており、今後の追跡結果が重要になります。

4.2026年9月現在、小児への適応はどうなっている?

2026年9月10日現在、米国ではマバカムテンの思春期oHCMへの適応拡大についてFDAが優先審査を行っており、審査期限は2026年9月30日に設定されています。

したがって、SCOUT-HCMで良好な結果が示されたからといって、現時点ですでに思春期患者へ一般的に使用できるという意味ではありません。

日本を含め、実際の使用にあたっては各国の承認状況、年齢、適応、専門医による評価を確認する必要があります。

5.まとめ

SCOUT-HCM試験では、12〜17歳の症候性閉塞性肥大型心筋症患者に対するマバカムテン治療によって、

  • Valsalva誘発LVOT圧較差がプラセボと比較して48.0 mmHg低下
  • 安静時・運動後LVOT圧較差も改善
  • 最大左室壁厚が減少
  • 拡張機能指標E/e′が改善
  • NT-proBNPや高感度トロポニンが低下
  • 28週間ではLVEF 50%未満への低下を認めなかった

という結果が得られました。

思春期oHCMにおいて、心筋ミオシンという病態形成に近い分子を直接標的とする治療が有効である可能性を示した、重要な第3相試験です。

一方、44人・28週間という試験であるため、突然死、心不全、手術回避などの長期的な臨床アウトカムについては今後の検証が必要です。

「非常に有望な治療」と「長期予後まで証明された治療」を区別して理解することが大切です。

クリニックからのメッセージ

肥大型心筋症は専門性の高い循環器疾患であり、とくに小児・思春期で疑われる場合には小児循環器・心筋症を専門とする医療機関での評価が重要です。

一方、動悸、息切れ、胸部症状、失神などには、心疾患以外にも貧血、甲状腺疾患、感染症、代謝異常などさまざまな原因があります。

当院では総合内科専門医・リウマチ専門医、肝臓専門医が、問診・診察・血液検査・心電図などを組み合わせながら全身的に評価し、専門的な循環器診療が必要と判断した場合には適切な医療機関へご紹介します。

また、心血管疾患を含む全身の健康を長期的に守るうえでは、血圧・脂質・血糖などの生活習慣病管理に加え、歯周病を含む口腔内環境を良好に保つことも重要です。

当院では医科と歯科が同一施設内で診療を行っており、それぞれの専門性を生かしながら全身と口腔の両面から健康管理を行っています。

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引用文献

Rossano JW, Canter C, Wolf CM, et al.
Mavacamten in Adolescents with Obstructive Hypertrophic Cardiomyopathy.
N Engl J Med. 2026;395(4):362-373.
doi:10.1056/NEJMoa2601103

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【執筆・監修医師プロフィール】

■ 福田 匡志(ふくた まさし)
成田赤十字病院 リウマチ膠原病内科部長 / 柏五味歯科・内科リウマチクリニック 医師。
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本リウマチ学会認定 リウマチ専門医。

■ 福田 涼子(ふくた りょうこ)
日本大学松戸歯学部歯内療法学講座兼任講師。
日本歯内療法学会専門医、日本歯科保存学会認定医。

■ 春原 優子(はるはら ゆうこ)
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本消化器病学会専門医、日本肝臓病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。

全国の患者様やご家族に向けて、関節リウマチ・膠原病・総合内科・消化器・歯科疾患を中心に全身に関する最新の医学論文や正しい知識を分かりやすく解説・発信しています。

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