• 2026年11月7日

mRNAインフルエンザワクチンは従来型より有効か?―NEJM・Fluent試験の結果と限界

インフルエンザワクチンは、接種しても発症を完全には防げません。流行するウイルスとワクチン株の一致度や、接種する人の年齢などによって効果が変わるため、より有効なワクチンの開発が続いています。

2026年のNew England Journal of Medicineに、mRNAを用いた季節性インフルエンザワクチン「mRNA-1010」の第3相試験が報告されました。50歳以上の成人約4万人を対象としたFluent試験です。

mRNA-1010は、標準用量の従来型ワクチンと比べて、検査で確認された症状を伴うインフルエンザを減らしました。一方、注射部位の痛みや倦怠感などは多くなりました。

この記事では、原著論文に基づいて、効果の大きさと安全性、日常診療へ応用する際の注意点を解説します。本稿は試験成績の解説であり、mRNA-1010の国内接種の案内ではありません。

1.mRNAインフルエンザワクチンの仕組み

ウイルスの目印を体内で作り、免疫に覚えさせる

mRNA-1010には、インフルエンザウイルスの表面にある「ヘマグルチニン(HA)」を作るための情報が含まれています。接種後に細胞で作られるHAを免疫系が認識することで、その後のウイルスへの防御を準備します。

今回の製剤は、A/H1N1、A/H3N2、B/Victoriaの3種類を対象とした3価ワクチンです。各株に対応するmRNAを12.5μgずつ、合計37.5μg含み、1回筋肉内に接種しました。

鶏卵を使わずに製造する意義

従来の鶏卵を用いた製造では、ウイルスが卵内で増殖する過程で変化し、流行株との抗原性の違いが生じることがあります。mRNA方式はこの過程を避け、株の変更にも迅速に対応できる可能性があります。

ただし、今回の試験だけで、効果の差がどの製造上・免疫学的要因によって生じたかまでは証明できません。また、将来のすべての流行株に同じ効果が得られることを意味しません。

2.Fluent試験はどのような研究か

Fluent試験は、北半球11か国・301施設で実施された、二重盲検・無作為化・実薬対照の第3相試験です。対象は医学的に状態が安定した50歳以上の成人で、2024–2025年のインフルエンザシーズンに実施されました。

無作為化されたのは40,805人です。このうち実際に接種を受けた40,703人が安全性解析の対象となりました。

  • mRNA-1010群:20,350人
  • 標準用量ワクチン群:20,353人

平均年齢は64.2歳で、47.8%が65歳以上でした。追跡期間の中央値は181日です。

比較対象は、承認済みの標準用量不活化インフルエンザワクチンです。3価製剤を優先し、利用できない地域では4価製剤を使用しました。高用量・アジュバント添加・組換えワクチンとの直接比較ではありません。

一般的な予防接種の診療案内は、当院のワクチン・予防接種ページをご覧ください。

何を「発症」として数えたのか

主要評価項目は、接種14日後以降からシーズン終了までに初めて生じた、RT-PCRで確認された「試験で定義したインフルエンザ様疾患」です。

PCR陽性に加え、倦怠感・頭痛・筋肉痛・発熱感などの全身症状が少なくとも1つ、咳・咽頭痛・痰・喘鳴・呼吸困難などの呼吸器症状が少なくとも1つあることが条件でした。

したがって、主要評価項目は「無症候性感染を含むすべての感染」や「入院・死亡」ではありません。

Fluent試験のデザイン。50歳以上40,805人を無作為化。mRNA-1010群は安全性解析20,350人、有効性解析20,179人。標準用量群はそれぞれ20,353人、20,124人。

図説:医学的に状態が安定した50歳以上の成人を対象に、北半球11か国301施設で実施された第3相二重盲検無作為化実薬対照試験。40,805人を無作為化し、接種を受けた40,703人を安全性解析、重大な試験手順の逸脱がない40,303人を主要有効性解析の対象とした。接種14日後以降からシーズン終了までの、RT-PCRで確認された試験定義の症候性インフルエンザの初回発症を評価した。上下の2群は並列の割付群を示す。原著に基づく独自作図。

3.有効性:従来型ワクチンに対して26.6%の相対的改善

主要な有効性解析は、効果判定に影響する重大な試験手順の逸脱がない参加者を対象に行われました。

mRNA-1010群

20,179人中411人が発症しました。割合は約2.04%です。

標準用量ワクチン群

20,124人中557人が発症しました。割合は約2.77%です。

主要解析の相対的ワクチン有効性は、26.6%(95%信頼区間16.7–35.4%)でした。

これは、年齢区分と前シーズンのインフルエンザワクチン接種歴で層別化したCox比例ハザードモデルに基づき、「1-ハザード比」で計算された値です。

「26.6%」は未接種者との比較ではない

この数字は、標準用量ワクチンを接種した人に比べ、mRNA-1010を接種した人で対象疾患の発症ハザードが相対的に低かったことを示します。

「未接種者に比べて26.6%予防する」「26.6ポイント発症割合が下がる」という意味ではありません。

本試験には未接種群がないため、未接種者に対する絶対的なワクチン有効性は、この試験から直接計算できません。

絶対的な差はどのくらいか

人数から計算した発症割合の差は約0.73パーセントポイントで、1,000人当たり約7人の差です。

この粗い割合の差を逆数にすると、標準用量ワクチンに代えて約137人にmRNA-1010を接種することで、当該シーズンに対象疾患を1例追加で防ぐ計算になります。

これは原著の主要なハザード比解析とは別に行った概算です。流行規模、対象集団、観察期間によって変わるため、毎年同じ人数になるわけではありません。

mRNA-1010群は411/20,179人、2.04%、標準用量群は557/20,124人、2.77%が発症。相対的有効性26.6%、95%信頼区間16.7–35.4%。絶対差約0.73ポイント。未接種群との比較ではない。

図説:主要有効性解析における発症は、mRNA-1010群411/20,179人、標準用量群557/20,124人であった。人数から算出した発症割合はそれぞれ2.04%、2.77%。層別Cox比例ハザードモデルによる相対的ワクチン有効性は26.6%(95%信頼区間16.7–35.4%)である。絶対差約0.73パーセントポイントは粗い発症割合から計算した概算であり、ハザード比に基づく主要解析とは区別する。本試験は未接種群との比較ではない。原著に基づく独自作図。

統計学的にはどの基準を満たしたのか

主要評価項目は、事前に定めた非劣性、優越性、さらに高い優越性の基準をすべて満たしました。相対的有効性の95%信頼区間の下限が、それぞれ-10%、0%、9.1%を上回ることが条件でした。

一方、発熱と咳または咽頭痛を必要とする「修正版CDC定義」の副次評価項目では、相対的有効性は23.5%(95%信頼区間9.0–35.8%)でした。非劣性と優越性を満たしましたが、より高い優越性の基準には届かず、階層的検定はそこで終了しました。

4.65歳以上やウイルス型別の結果

65歳以上でも効果の方向は同じ

65歳以上の19,260人では、相対的有効性は27.4%(95%信頼区間12.1–40.0%)でした。

ただし、年齢別・基礎疾患別・フレイル別などの解析は探索的です。多重比較を調整した確証的検定ではなく、特にフレイルのある集団などでは信頼区間が広いため、すべての集団で優越性が確立したとはいえません。

B型への効果は不確実性が残る

型別の相対的有効性の推定値は、次のとおりでした。

  • A/H1N1:29.6%(95%信頼区間16.4–40.7%)
  • A/H3N2:22.2%(4.3–36.9%)
  • B/Victoria:29.1%(-18.5–57.5%)

B型の症例数は両群合わせて60例と少なく、信頼区間は効果なしをまたいでいます。B型に対する優越性を結論づけるには不十分です。型別解析も探索的解析として読む必要があります。

5.入院や重症化も減らすのか

探索的解析では、医療機関の受診を伴った対象疾患はmRNA-1010群80例、標準用量群120例で、相対的有効性は33.7%でした。

入院・救急外来・緊急診療をまとめた評価では22例対42例で、相対的有効性は47.9%(95%信頼区間12.8–68.9%)でした。

ただし、この47.9%を「入院を約半分に減らした」と表現するのは不適切です。 入院単独では4例対8例にとどまり、試験は入院や死亡の差を確証するために設計されていません。

重症化を減らす可能性を示す結果ですが、入院・死亡予防の大きさは、さらに検証が必要です。

高用量製剤については、別の研究を解説した高用量インフルエンザワクチンと入院予防:GALFLU試験も参考になります。研究間で対象者や評価項目が異なるため、効果の数字だけを並べて製剤の優劣を判断することはできません。

6.副反応:痛み・倦怠感・頭痛・筋肉痛は増加

接種後7日間に日誌で集めた局所・全身反応は、約6,000人の集団で評価されました。以下はmRNA-1010群、標準用量群の順です。

  • 注射部位の痛み:65.8%、29.8%
  • 倦怠感:45.1%、20.3%
  • 頭痛:37.8%、18.0%
  • 筋肉痛:35.4%、11.6%
接種後7日間の反応の横棒グラフ。mRNA-1010群対標準用量群で、注射部位痛65.8%対29.8%、倦怠感45.1%対20.3%、頭痛37.8%対18.0%、筋肉痛35.4%対11.6%。約6,000人を評価。

図説:約6,000人の反応原性評価集団において、接種後7日間の日誌で収集した局所・全身反応の発現割合を示す。mRNA-1010群と標準用量群で、注射部位の痛みは65.8%対29.8%、倦怠感は45.1%対20.3%、頭痛は37.8%対18.0%、筋肉痛は35.4%対11.6%であった。横軸は0~100%で統一した。多くは軽度から中等度で、持続期間の中央値は1~2日。これらの接種後反応は、重篤な有害事象とは異なる評価項目である。原著に基づく独自作図。

多くは軽度から中等度で、持続期間の中央値は1~2日でした。一方、Grade 3の局所・全身反応は6.4%対1.0%と、mRNA-1010群で多く報告されました。

「多くは短期間で改善する」という説明とともに、接種後の活動に影響する強い反応も増えることを伝える必要があります。Grade 3の反応と、以下の「重篤な有害事象」は異なる分類です。

重篤な有害事象はどうだったか

重篤な有害事象はmRNA-1010群2.2%、標準用量群1.9%でした。研究者がワクチンとの関連ありと判断した重篤な事象は、それぞれ3人、2人でした。

死亡に至る事象は両群とも0.2%で、研究者がワクチンとの関連ありと判断したものはありませんでした。

有害事象には接種後に生じた病気などが含まれ、すべてがワクチンによる副反応という意味ではありません。また、この試験規模・観察期間で、まれなリスクをすべて除外することはできません。

独立した心臓イベント判定委員会の評価では、mRNA-1010群で接種後42日以内の急性心筋炎、心筋心膜炎、心膜炎は確認されませんでした。これは本試験での観察結果であり、発生リスクがゼロであることを証明するものではありません。

7.この研究から、まだ分からないこと

高用量・アジュバント添加製剤との優劣

今回の比較対象は標準用量製剤です。高齢者向けに免疫応答を高めた他の製剤より優れているかは、直接比較が必要です。

複数シーズンでの再現性

今回の主要解析は1シーズンの結果です。流行株や抗原の一致度、既存免疫が変わる次のシーズンでも同じ差が得られるかは分かりません。

抗原性がワクチン株と一致したウイルスによる発症についても、必要な検査データがシーズン終了時の解析で利用できず、結果は報告されていません。

免疫抑制治療中の患者さんへの適用

基礎疾患を持つ人も含まれましたが、本論文から、メトトレキサート、生物学的製剤、JAK阻害薬など、個々の治療薬を使用中の人におけるmRNA-1010の効果や最適な接種方法までは判断できません。

この試験結果を理由に、治療薬の休薬や変更を自己判断で行うことは避けてください。

研究の資金提供と実施体制

試験はBlackstone Life SciencesとModernaの資金提供を受け、Modernaが試験デザイン、施設選定、モニタリング、解析を担当しました。原稿作成にも同社の社員と資金提供を受けたライターが関与しています。

無作為化・二重盲検という研究の強みを評価しつつ、資金提供と実施主体を把握し、今後の独立した検証や実臨床データも確認する必要があります。

標準用量に対する症候性インフルエンザの減少が示された一方、高用量製剤との比較、入院・死亡予防、複数シーズンの再現性、まれなリスクは追加検証が必要。接種後反応の増加も併せて評価する。

図説:Fluent試験では、50歳以上の成人において、mRNA-1010が標準用量ワクチンよりも検査で確認された試験定義の症候性インフルエンザを減少させた。一方、高用量・アジュバント添加製剤との優劣、入院・死亡予防の大きさ、複数シーズンでの再現性、まれな有害事象のリスクは追加検証が必要である。入院単独の症例数は4例対8例と少なく、確証的な結論は出せない。接種後反応の増加を含め、利益と負担を併せて評価する。原著に基づく独自概念図。

8.日常診療でどう受け止めるか

Fluent試験の意義は、mRNA型の季節性インフルエンザワクチンが、抗体価だけでなく、検査で確認された症候性疾患という臨床評価項目で、標準用量製剤を上回った点にあります。

一方、選択を考える際には、相対的な改善率に加えて、実際の発症割合の差と、接種後の痛み・倦怠感などの増加を併せて評価する必要があります。

この論文だけで、あらゆる年齢・病態の人にとって最適な製剤が決まったわけではありません。承認された対象者や用法、他製剤との比較、供給状況などを含め、研究結果と実際の接種判断をつなげていくことが大切です。

ワクチン接種についてのご相談

柏五味歯科内科リウマチクリニックでは、基礎疾患や治療内容を踏まえ、インフルエンザなどの予防接種についてご相談をお受けしています。接種のご案内はワクチン・予防接種ページをご覧ください。

発熱や咳など、すでに症状がある場合は発熱外来のご案内をご確認ください。

※上記は当院の一般的な診療案内であり、研究製剤mRNA-1010を当院で接種できるという意味ではありません。

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参考文献

Leroux-Roels I, Huang G, Ferguson M, et al. Efficacy and Safety of an mRNA Seasonal Influenza Vaccine in Adults. N Engl J Med. 2026;394:1803–1813. doi:10.1056/NEJMoa2516491.

原著論文(NEJM)

試験登録:NCT06602024(Fluent試験)

【本記事の執筆・医学監修】
■ 福田 匡志(ふくた まさし)
成田赤十字病院 リウマチ膠原病内科部長 / 柏五味歯科内科リウマチクリニック 医師
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本リウマチ学会認定 リウマチ専門医
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■ 春原 優子(はるはら ゆうこ)(総合内科専門医・消化器病専門医)
■ 福田 涼子(ふくた りょうこ)(日本歯内療法学会専門医)

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