- 2026年9月10日
【NEJM2026】頭痛・視覚幻覚・失語から判明した脳嚢虫症|MRI「dot-in-hole sign」と治療を専門医が解説
4か月続く頭痛と視覚幻覚、そして徐々に出現した言葉の異常。MRIに映し出された「嚢胞の中の白い点」が診断の決め手となった、神経嚢虫症(neurocysticercosis)のNEJM症例を解説します。
長期間続く頭痛に、視覚異常や言葉の異常が加わった場合、脳腫瘍、脳血管障害、自己免疫性脳炎、感染性脳炎、てんかんなど、さまざまな中枢神経疾患を考える必要があります。
その鑑別の一つとして、地域や生活環境、渡航歴などによっては寄生虫感染症が隠れていることがあります。
2026年7月23日号の『The New England Journal of Medicine(NEJM)』Images in Clinical Medicineでは、52歳女性に生じた神経嚢虫症(neurocysticercosis:脳嚢虫症)が報告されました。
MRIで確認された「dot-in-hole sign」と呼ばれる特徴的な画像所見から診断され、アルベンダゾールとプラジカンテルによる駆虫療法、糖質コルチコイド、抗てんかん薬による治療後に症状が改善した興味深い症例です。
1.4か月続く頭痛と視覚幻覚、そして徐々に現れた失語症状
患者さんは、これまで大きな病気のなかった52歳の女性です。
救急外来を受診する約4か月前から、
持続する頭痛
視覚幻覚(visual hallucinations)
が続いていました。
さらに約1か月前から、周囲とうまく会話が成立しない「支離滅裂な発語」が出現しました。
診察時の意識は清明で、覚醒も保たれていました。
しかし、「手を握ってください」といった簡単な指示に従うことができませんでした。
発語そのものは流暢でしたが、
言葉を言い間違える錯語(paraphasic errors)
物の名前を言えない呼称障害
聞いた言葉を繰り返せない復唱障害
がみられました。
これは、優位半球の側頭葉を中心とした言語ネットワークの障害を疑わせる所見です。
脳波検査では、左後側頭部から発作間欠期てんかん性放電(interictal epileptiform discharges)が認められました。
一方、髄液検査の基本項目には明らかな異常を認めませんでした。
つまり、
「髄液が正常だから中枢神経の感染症ではない」とは言い切れない
ことも、この症例から読み取れる重要なポイントです。

2.CTに散在する嚢胞性病変――MRIで見えた「dot-in-hole sign」
頭部CTでは、脳内のさまざまな部位に内部に高吸収域を伴う低吸収性病変が多数認められました。
さらに頭部MRIを行ったところ、
左側頭葉・後頭葉
両側前頭葉
右頭頂葉
両側小脳半球
など、広い範囲の脳実質内に多数の嚢胞性病変が確認されました。
そして診断の決め手となったのが、嚢胞内部に見える偏心性の高信号結節です。
これは寄生虫の頭節(scolex)に相当します。
つまりMRIでは、
「嚢胞(hole)の中に頭節(dot)が存在する」
ように見えます。
この特徴的な所見が、
dot-in-hole sign
です。
NEJM症例でも、この嚢胞内のscolexを示す画像所見が神経嚢虫症に特徴的な所見として示され、実質型神経嚢虫症(parenchymal neurocysticercosis)と診断されました。

3.そもそも「神経嚢虫症」とは何でしょうか?
神経嚢虫症は、有鉤条虫(Taenia solium)の幼虫である嚢虫(cysticercus)が脳や中枢神経に寄生することで起こる感染症です。
ここで非常に重要なのが、感染経路です。
「豚肉に関連する寄生虫」と聞くと、
加熱不十分な豚肉を食べると、その幼虫がそのまま脳へ移動する
ようなイメージを持つかもしれません。
しかし、これは正確ではありません。
脳嚢虫症は基本的に、有鉤条虫の虫卵を口から摂取することで成立します。
虫卵は腸管内で孵化し、幼虫が腸壁を通過して血流に入り、筋肉・眼・脳などへ移動します。
脳内に到達すると、幼虫は嚢胞を形成します。
一方、加熱不十分な豚肉に含まれる嚢虫を食べた場合に起こるのは、主として腸管内で成虫が育つ有鉤条虫症(taeniasis)です。
したがって、
「有鉤条虫症」と「嚢虫症」は同じTaenia soliumによって起こりますが、感染様式も病態も異なります。
CDCも、嚢虫症は有鉤条虫の虫卵を摂取することで成立し、加熱不十分な豚肉を食べること自体が直接脳嚢虫症を起こすわけではないことを明確に区別しています。

4.なぜ生きた寄生虫が脳内にいても、長期間症状が出ないことがあるのでしょうか?
神経嚢虫症の興味深い特徴の一つが、
「生きている嚢虫よりも、死に始めた嚢虫の周囲で強い炎症が起こることがある」
という点です。
生存している嚢虫は、宿主の免疫反応をある程度回避しながら脳内に存在することがあります。
ところが嚢虫が変性・死滅すると、それまで免疫系から隔離されていた寄生虫由来抗原が露出します。
すると周囲で炎症反応が強まり、
脳浮腫
頭痛
局所神経症状
てんかん発作
などを引き起こすことがあります。
この現象は、神経嚢虫症を治療する際にも非常に重要です。
5.なぜ駆虫薬だけではなく「ステロイド」を一緒に使うのでしょうか?
今回の患者さんには、
アルベンダゾール(albendazole)
プラジカンテル(praziquantel)
という2種類の抗寄生虫薬が使用されました。
多数の生存実質内嚢虫が存在する場合には、この2剤を組み合わせる治療が推奨されることがあります。
しかし、寄生虫を急速に死滅させると、虫体抗原に対する宿主の炎症反応が一時的に強くなる可能性があります。
その結果、脳浮腫や神経症状、てんかん発作が悪化することがあります。
そこで重要となるのが糖質コルチコイド(ステロイド)です。
ステロイドによって駆虫療法に伴う過剰な炎症反応を抑えることで、神経学的な悪化を防ぎながら治療を進めます。
IDSA/ASTMHの診療ガイドラインでも、駆虫療法を行う実質型神経嚢虫症では、原則として抗寄生虫薬を開始する前から副腎皮質ステロイドを併用することが推奨されています。
また、嚢虫が1~2個の場合にはアルベンダゾール単剤が基本ですが、生存する実質内嚢虫が3個以上存在する場合には、アルベンダゾール+プラジカンテルの併用療法が推奨されています。
つまり神経嚢虫症の治療は、
「寄生虫を殺す治療」だけではなく、「寄生虫が死ぬことで起こる炎症まで同時に制御する治療」
なのです。


6.レベチラセタムは何のために使われたのでしょうか?
今回の脳波検査では、左後側頭部からてんかん性放電が認められていました。
症状や脳波所見から発作の関与が疑われたため、抗てんかん薬である
レベチラセタム(levetiracetam)
が開始されました。
神経嚢虫症では、てんかん発作は非常に重要な神経学的合併症です。
嚢虫そのものだけでなく、その周囲に生じる炎症や浮腫、治癒後に残る石灰化病変などが、脳の電気活動を乱す「てんかん焦点」になることがあります。
したがって、治療では寄生虫だけを見るのではなく、
発作・脳浮腫・頭蓋内圧などの神経学的合併症をまず適切に管理すること
が重要です。

7.治療1か月後、頭痛・幻覚・言語症状は軽快
アルベンダゾール、プラジカンテル、糖質コルチコイド、レベチラセタムによる治療が行われました。
治療開始から1か月後には、
頭痛
視覚幻覚
言語症状
はいずれも軽快しました。
再検された画像では嚢胞が縮小し、以前認められていた内部のscolexも確認されなくなっていました。
症状の改善と画像所見の改善が並行して確認されたことになります。
ただし、神経嚢虫症では治療後に石灰化病変が残り、長期的なてんかん発作の原因になることもあります。
そのため、画像上の嚢胞が小さくなったからといって、すべての患者さんで直ちに治療や経過観察が終了するわけではありません。
病変の数・部位・病期、てんかん発作の有無などに応じた継続的な評価が必要です。

8.このNEJM症例から学べること
この症例には、総合内科診療にとって重要なメッセージがあります。
長引く頭痛を「いつもの頭痛」と決めつけないこと。
特に、
視覚異常
言葉が出にくい・会話がおかしい
手足の麻痺やしびれ
けいれん
意識状態の変化
などを伴う場合には、中枢神経疾患を考える必要があります。
そして画像診断では、単に「脳に嚢胞がある」と捉えるだけではなく、
「嚢胞の中に何が見えるのか」
まで詳細に観察することが診断につながります。
今回の「dot-in-hole sign」はその代表例です。
小さな画像所見一つが、患者さんの数か月に及ぶ症状を一本の線として結びつけました。

クリニックからのメッセージ
柏五味歯科内科リウマチクリニックでは、総合内科専門医・リウマチ専門医の視点から、長引く頭痛、発熱、倦怠感、しびれなど、原因がはっきりしない症状についても全身を見ながら評価しています。
今回のような神経嚢虫症そのものは、MRIや専門的な感染症・神経学的評価、場合によっては入院治療を必要とする疾患であり、専門医療機関での診療が必要です。
当院では、問診・神経学的所見・血液検査などから中枢神経疾患が疑われる場合には、必要に応じて脳神経内科・脳神経外科・感染症科などを有する高次医療機関へ速やかにご紹介します。
特に、
突然の激しい頭痛
新しく出現した言葉の異常
片側の手足が動かしにくい
けいれん
意識がおかしい
といった症状がある場合には、通常の外来予約を待たず、救急医療機関への受診が必要です。
「何となくいつもと違う」という小さな変化も、病気を早期に発見する重要な手がかりになることがあります。
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Lee RLM, Pedregosa BC II. Neurocysticercosis. N Engl J Med. 2026;395:388. doi:10.1056/NEJMicm2603020.
White AC Jr, Coyle CM, Rajshekhar V, et al. Diagnosis and Treatment of Neurocysticercosis: 2017 Clinical Practice Guidelines by the Infectious Diseases Society of America(IDSA)and the American Society of Tropical Medicine and Hygiene(ASTMH). Clin Infect Dis. 2018;66.

【執筆・監修医師プロフィール】
■ 福田 匡志(ふくた まさし)
成田赤十字病院 リウマチ膠原病内科部長 / 柏五味歯科・内科リウマチクリニック 医師。
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本リウマチ学会認定 リウマチ専門医。
■ 福田 涼子(ふくた りょうこ)
日本大学松戸歯学部歯内療法学講座兼任講師。
日本歯内療法学会専門医、日本歯科保存学会認定医。
■ 春原 優子(はるはら ゆうこ)
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本消化器病学会専門医、日本肝臓病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。
全国の患者様やご家族に向けて、関節リウマチ・膠原病・総合内科・消化器・歯科疾患を中心に全身に関する最新の医学論文や正しい知識を分かりやすく解説・発信しています。
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