• 2026年10月18日

AAV遺伝子治療後に脳腫瘍が発生|PLAG1遺伝子への組込みと発がん機序をNEJM 2026で解説

病気を治す遺伝子治療が、まれに腫瘍の発生と関係する可能性

遺伝子治療は、生まれつき遺伝子の働きに異常がある病気に対して、正常に働く遺伝子を細胞へ届ける新しい治療法です。

その運び役として使われるのが、アデノ随伴ウイルス(AAV)というウイルスを利用したベクターです。

AAVは通常、患者さんのDNAに組み込まれずに働くとされています。しかし、ごくまれに細胞のDNAへ入り込むことがあります。

今回、重症の遺伝性疾患であるムコ多糖症I型の男児にAAV9遺伝子治療を実施した約4年後、脳室内に腫瘍が発見された症例が医学誌NEJMに報告されました。

詳しく調べたところ、腫瘍細胞のDNAにAAVの一部が組み込まれ、PLAG1という腫瘍の発生に関係する遺伝子が異常に活性化していました。

この報告は、AAV遺伝子治療のまれな長期的リスクを考えるうえで重要ですが、すべてのAAV遺伝子治療で同じ問題が起こるという意味ではありません。

1.AAV遺伝子治療とは何か?

AAVは治療遺伝子を細胞へ運ぶベクター

アデノ随伴ウイルス(Adeno-associated virus:AAV)は、小型のDNAウイルスです。

遺伝子治療では、ウイルスの増殖に必要な遺伝子を取り除き、代わりに目的とする治療遺伝子を搭載した組換えAAV(recombinant AAV:rAAV)が使用されます。

AAVを利用する利点の一つは、細胞内へ遺伝子を運び、その遺伝子から必要なタンパク質を作らせることができる点です。

AAVのDNAは通常、染色体に組み込まれない

AAVベクター由来DNAの多くは、細胞核内で染色体とは独立したDNA構造(episome)として存在します。

これは、治療遺伝子の発現に宿主ゲノムへの組込みを必要とするレトロウイルス・レンチウイルスベクターとの重要な違いです。

しかし、AAVが絶対に染色体へ組み込まれないわけではありません。

低頻度ながら宿主ゲノムへの組込み(genomic integration)が起こることが知られています。

組込みが発生した場所によっては、細胞増殖を制御する遺伝子の働きを変化させる可能性があります。

この現象は、「挿入変異(insertional mutagenesis)」と呼ばれます。

動物実験では、特に新生仔マウスにおいて、AAVベクターの組込みと肝細胞がん発生の関連が報告されていました。

一方、AAV治療後のヒト腫瘍組織で、組み込まれたベクターが腫瘍関連遺伝子の転写を活性化する機序を詳細に示した報告は、これまで極めて限られていました。

2.今回の患者背景|重症ムコ多糖症I型(Hurler症候群)

ムコ多糖症I型の病態

ムコ多糖症I型(Mucopolysaccharidosis type I:MPS I)は、IDUA遺伝子の病的バリアントによって、ライソゾーム酵素であるα-L-イズロニダーゼ(α-L-iduronidase:IDUA)が欠損する遺伝性疾患です。

IDUAが十分に働かないと、グリコサミノグリカン(GAG)が細胞内に蓄積します。

その結果、骨格、心臓、呼吸器、肝脾、中枢神経系などに進行性の障害が生じます。

重症型であるHurler症候群では、早期から発達や認知機能への影響が進み、無治療では生命予後も著しく制限されます。

患者の治療歴

今回報告された男児は、新生児スクリーニングを契機にMPS Iと診断されました。

生後6週から酵素補充療法が開始され、生後4か月で非血縁ドナーから臍帯血造血幹細胞移植を受けました。

しかし、生後10か月時点でドナーキメリズムは27%まで低下し、その後も同程度で推移しました。

そこで生後13か月時に、第1/2相臨床試験(NCT03580083)の一環として、AAV9ベクター製剤RGX-111が投与されました。

RGX-111は、IDUA遺伝子を中枢神経系へ導入し、神経組織における不足酵素の発現を目指す治療です。

投与には、大槽内投与(intracisternal magna administration:ICM)が用いられました。

大槽は小脳と延髄の近くにある脳脊髄液腔であり、この部位にベクターを投与することで、中枢神経系への遺伝子送達を図ります。

本症例の投与量は3.8×10¹³ vector genomes(vg)でした。

3.遺伝子治療から約4年後、脳室内腫瘍が発見された

本症例では、遺伝子治療から約4年後、MPS Iの定期的な頭部MRIで脳室内腫瘤が発見されました。

腫瘍の大きさは約4×2×2 cmでした。

MRIでは右側脳室体部を占拠・拡張する腫瘤が認められ、脳室は左方へ偏位していました。

腫瘍は定期画像検査で発見されており、特定の神経症状の出現を契機に診断されたものではありません。

また、脳脊髄液の評価では腫瘍の播種を示す所見は認められませんでした。

ムコ多糖症I型男児の造血幹細胞移植、AAV9遺伝子治療、脳室内腫瘍発見と切除までの時系列図

図1.重症ムコ多糖症I型(Hurler症候群)患者における治療歴と脳室内腫瘍診断までの経過。造血幹細胞移植後にドナーキメリズムの低下を認め、生後13か月にAAV9-IDUA遺伝子治療RGX-111を大槽内投与した。生後61か月に定期頭部MRIで腫瘍が発見され、63か月時に肉眼的全摘出が実施された。単一症例の時系列であり、腫瘍発生率を示すものではない。

AAV9遺伝子治療後に発見された右側脳室内腫瘍の位置と脳室偏位を示す頭部MRI解剖学的図

図.AAV9遺伝子治療後に発見された脳室内腫瘍のMRI所見  重症ムコ多糖症I型の男児に対するAAV9遺伝子治療から約4年後、定期頭部MRIで発見された脳室内腫瘍。軸位T2強調画像(C)および冠状断画像(D)では、右側脳室体部を拡張する約4×2×2 cmの腫瘤を認め、脳室構造は左方へ偏位している(黄色矢印)。原著Figure 1C・1Dより引用。

組織診断と腫瘍の特徴

初回生検では、組織学的所見だけで腫瘍の性質を明確に分類することは困難でした。

Ki-67増殖指数は5〜10%であり、一定の細胞増殖活性が認められました。

臨床的ゲノム解析では、腫瘍が造血幹細胞移植ドナー由来ではないことも確認されました。

DNAメチル化プロファイリングでは、当初PLAGL1関連腫瘍を示唆する結果が得られましたが、PLAGL1融合は検出されませんでした。

追加の分子解析によってPLAG1遺伝子の著明な活性化が明らかになり、最終的に、

PLAG1-driven neuroepithelial tumor, not elsewhere classified(PLAG1駆動性神経上皮性腫瘍、他に分類されないもの)

と診断されました。

この診断名は、一般的な神経膠腫などに単純に置き換えられるものではなく、本症例の分子病理学的特徴を反映しています。

4.最大の発見|AAV由来DNAがPLAG1遺伝子に組み込まれていた

今回の研究の核心は、腫瘍細胞のゲノム解析にあります。

研究者らは、腫瘍組織を用いてRNAシーケンシング、長鎖DNAシーケンシング、RT-PCR、標的PCRなどの複数の検査を実施しました。

その結果、AAV由来DNAがヒト8番染色体上のPLAG1遺伝子に組み込まれていることが判明しました。

PLAG1とは何か?

PLAG1(Pleomorphic adenoma gene 1)は、転写因子をコードする遺伝子です。

転写因子とは、他の遺伝子がどの程度働くかを制御するタンパク質を指します。

PLAG1は通常、主として胎生期に発現しますが、異常な活性化が起こると、細胞増殖を促す標的遺伝子の転写を亢進させることがあります。

そのためPLAG1は、がん原遺伝子(proto-oncogene)として知られています。

組込み部位はPLAG1のイントロン4

長鎖DNAシーケンシング(PacBio)では、AAVベクター由来の再構成DNAがPLAG1遺伝子のイントロン4に組み込まれていることが示されました。

組み込まれたDNAは、正常なRGX-111ベクター配列がそのまま挿入された単純な構造ではありませんでした。

具体的には、CMVエンハンサー、CBAプロモーター・スプライス供与部位、IDUA導入遺伝子の断片、ヒト10番染色体由来DNA断片、PLAG1イントロン4の短い重複配列などを含む複雑な再構成が認められました。

さらに、プロモーター・エンハンサー領域には重複・逆向き配置が含まれていました。

この点は、遺伝子治療ベクターの実際の組込みが、単純なDNA断片の挿入だけでは説明できない場合があることを示しています。

腫瘍DNAの約40%のリードで組込み構造を確認

長鎖DNA解析では、PLAG1領域の解析リードのうち、

  • 約40%がAAV由来配列を含む組込みアレル
  • 約60%が組込みを認めないアレル

に相当しました。

この所見は、腫瘍の起源となった細胞で、PLAG1の2つのアレルのうち一方に組込みが生じたという解釈と整合します。

重要なのは、この40%という値が、患者の全身細胞の40%にAAVが組み込まれたことを意味するわけではない点です。

腫瘍組織のDNA解析における相対的なリード比率であり、腫瘍純度や細胞集団の構成などの影響も考慮する必要があります。

PLAG1イントロン4に組み込まれたAAV由来DNAの再構成構造とAAV–PLAG1融合RNAの形成機序

図3.PLAG1遺伝子への再構成AAVベクター配列の組込み。PacBio長鎖DNA解析では、8番染色体のPLAG1イントロン4に、AAV由来転写制御配列、IDUA導入遺伝子断片、10番染色体由来DNA断片などを含む複雑な組込み構造が確認された。解析リードの約40%が組込みアレルに対応した。AAVのCBAスプライス供与部位とPLAG1エクソン5のスプライス受容部位の結合により融合転写産物が形成された。

5.AAV–PLAG1融合RNAの発現を確認

AAV由来DNAがPLAG1の近くに存在するだけでは、実際に遺伝子の働きに影響したことまでは証明できません。

そこで研究者らは、RNAシーケンシングによって腫瘍細胞で発現しているRNAを解析しました。

その結果、AAVベクターのCBAスプライス供与部位と、PLAG1エクソン5のスプライス受容部位が結合した融合RNAが検出されました。

独立した2つの腫瘍RNA試料でも、RT-PCRによって同じ融合接合部が確認されています。

一方、対照とした非腫瘍性脳組織では、この融合転写産物は検出されませんでした。

どのような融合タンパク質が生じるのか?

検出された融合RNAは、PLAG1の5つのジンクフィンガー型DNA結合ドメインと、C末端の転写活性化ドメインを保持したタンパク質をコードすると予測されました。

このようなPLAG1誘導体は、転写因子として機能する可能性があります。

ただし、本研究で示されたのは、融合RNAの存在と予測タンパク質構造であり、当該融合タンパク質の機能を個別に直接実証したものではありません。

したがって、融合RNAが生じたことと、融合タンパク質の転写活性を実験的に完全証明したことは区別する必要があります。

6.PLAG1の発現量は他の中枢神経系腫瘍の約298倍

RNAシーケンシングでは、今回の腫瘍におけるPLAG1の発現量が、Children’s Hospital of Philadelphiaの中枢神経系腫瘍コホートと比較して、298倍高いことが報告されました。

さらに、PLAG1の各エクソンの発現を調べると、エクソン1〜4では発現が乏しい一方、エクソン5では著明な発現が認められました。

PLAG1エクソン5の上流配列を含むRNAリードの93%には、通常のPLAG1エクソン4ではなくAAV由来配列が含まれていました。

この発現パターンは、AAVに由来する転写制御領域がPLAG1エクソン5からの転写に関与しているという機序を強く支持します。

PLAG1下流の腫瘍関連遺伝子も活性化

研究者らは、PLAG1関連の中枢神経系腫瘍で発現上昇することが知られている5つの遺伝子についても調べました。

対象となった遺伝子は以下のとおりです。

遺伝子主な生物学的役割
IGF2細胞の成長・増殖シグナル
DLK1発生・分化に関連する調節
DES細胞骨格を構成するタンパク質
CYP2W1シトクロムP450関連酵素
RET増殖・生存シグナルに関与する受容体型チロシンキナーゼ

これら5遺伝子はすべて、同じ患者の正常大脳皮質試料と比較して発現が増加していました。

発現変化倍率の中央値は629倍、範囲は131〜13,006倍でした。

この数値は5遺伝子をまとめた発現変化の指標であり、すべての遺伝子が629倍になったという意味ではありません。

AAV由来配列の組込み、PLAG1融合RNAの発現、PLAG1の著明な活性化、下流遺伝子群の発現上昇が一貫して認められた点が、本研究の分子生物学的に重要な所見です。

AAV組込み後のPLAG1エクソン5発現亢進とIGF2など5つの腫瘍関連遺伝子の発現上昇

図4.RNAシーケンシングによるPLAG1および関連遺伝子の発現解析。PLAG1エクソン5で選択的な発現亢進が認められ、PLAG1全体の発現量は外部中枢神経系腫瘍コホートとの比較で約298倍であった。またIGF2、DLK1、DES、CYP2W1、RETの発現は同一患者の正常大脳皮質試料と比較して上昇していた。298倍という値と5遺伝子の発現変化は、比較対象が異なるため直接比較できない。

7.AAV組込みから腫瘍形成へ|考えられる分子機序

今回の結果から、次のような発がん機序が考えられます。

① AAV9ベクターの中枢神経系への投与

RGX-111、大槽内投与、生後13か月

② AAV由来DNAの宿主ゲノムへの組込み

8番染色体・PLAG1イントロン4

③ AAV転写制御配列によるPLAG1の異常発現

AAV–PLAG1融合RNAを検出

④ 腫瘍関連遺伝子群の転写亢進

IGF2、DLK1、DES、CYP2W1、RET

⑤ PLAG1駆動性神経上皮性腫瘍の形成

分子所見は発がんへの寄与を強く支持。ただし全段階の直接的因果実証ではない

このように、AAV由来の強力なエンハンサー・プロモーター配列が、宿主のがん原遺伝子を異常に活性化したことが、腫瘍形成に寄与した可能性があります。

ただし、今回の研究は機能的な発がん実験ではなく、患者腫瘍組織の詳細な分子解析による症例報告です。

したがって、「AAV組込みが唯一の原因だった」とまでは断定できません。

一方で、単なる偶然の組込みに比べ、発がんに寄与したという仮説を支持する証拠が複数得られています。

AAV由来DNAのPLAG1組込みから異常転写、腫瘍関連遺伝子活性化、神経上皮性腫瘍形成に至る仮説モデル

図5.AAVベクターの宿主ゲノムへの組込みを介したPLAG1駆動性腫瘍形成の仮説モデル。本症例ではAAV由来配列のPLAG1遺伝子への組込み、融合RNAの発現、PLAG1および関連遺伝子の転写亢進が確認された。これらの分子異常が細胞クローン増殖と腫瘍形成に寄与したと考えられるが、すべての因果段階が実験的に直接証明されたわけではない

8.治療経過|腫瘍切除後も神経学的状態は安定

原著Figure 1の臨床経過では、生後61か月に腫瘍が診断され、部分切除が実施された後、生後63か月に肉眼的全摘出(gross total resection)が行われています。

術後MRIでは、2年前のMRIでは認められなかった1 cm未満の小結節が3か所確認されました。

これらの臨床的意義は不明とされています。

原発腫瘤の切除後8か月時点では、MRI上、腫瘍増大を示す所見は認められませんでした。

また、神経学的脱落症状はなく、認知機能も年齢に対して良好な状態が維持されていました。

重症MPS Iの自然経過を考慮すると、この認知機能の維持は注目される所見です。

ただし、本症例では造血幹細胞移植、酵素補充療法、AAV9遺伝子治療が実施されているため、認知機能の改善・維持をRGX-111のみの治療効果として切り分けることはできません。

また、術後8か月の安定を長期的な根治の証拠と解釈することもできません。

9.なぜAAV組込みによって発がんする可能性があるのか?

AAVベクターは、一般的にゲノムへの組込み頻度が低く、比較的良好な安全性プロファイルを有すると考えられています。

しかし、組込みがまれに発生し、その場所が細胞増殖に関わる遺伝子の近傍であった場合、発がんに寄与する可能性があります。

原著で特に問題視されたのは、以下の要因です。

強力かつ広範囲に働く転写制御配列

RGX-111には、CMVエンハンサーとCBAプロモーターからなる強力な転写制御系が含まれています。

これらは導入したIDUA遺伝子を十分に発現させるうえで重要ですが、ゲノムに組み込まれる位置によっては、宿主遺伝子の転写へ影響する可能性があります。

投与経路と組織内のベクター分布

大槽内投与は、中枢神経系への治療遺伝子送達を目的とした手法です。

一方で、脳室周辺へのベクター分布と局所濃度が、特定の細胞集団の曝露に影響する可能性があります。

原著では、非ヒト霊長類における脳室上衣細胞への遺伝子導入に関する先行研究が引用されています。

しかし、今回の患者から得られた脳室上衣試料では、同様の高い形質導入は確認されていません。

したがって、脳室上衣細胞が腫瘍の起源だったと断定することはできません。

細胞増殖状態や宿主側の要因

AAV組込みの発がんリスクには、標的組織の細胞増殖活性が影響する可能性があります。

本症例では、MPS Iや造血幹細胞移植の既往が、組織の細胞増殖状態または腫瘍免疫監視に何らかの影響を与えた可能性が議論されています。

しかし、これらは原著著者らの考察・仮説であり、直接検証された危険因子ではありません。

10.安全性の解釈|AAV遺伝子治療全体を危険と判断すべきではない

本症例は、AAV治療の長期安全性を考えるうえで重要です。

その一方で、AAVベクターによる遺伝子治療は、これまで多様な疾患を対象に研究・実施され、長期間にわたる治療効果が報告されています。

原著では、AAV遺伝子治療を受けた患者は累計6,000人を超え、全体として良好な安全性の蓄積があることが紹介されています。

ただし、6,000人という数値は、本症例の腫瘍発生率を計算する分母として使えるものではありません。

AAVの血清型、投与量、導入遺伝子、プロモーター、投与経路、患者年齢、基礎疾患、観察期間などが異なるためです。

例えば、肝臓を標的とする血友病のAAV遺伝子治療と、中枢神経系を標的とする今回のRGX-111では、ベクター設計や投与条件が異なります。

したがって、本症例から他のAAV製剤の脳腫瘍発生率や全般的ながんリスクを推定することはできません。

今後は、個々の製剤・疾患・投与経路に応じた、十分に長期の安全性監視が重要になります。

11.今回の研究の限界

本論文は分子解析の深さに特徴がありますが、以下の重要な限界があります。

単一症例であり、発生頻度は推定できない

解析対象は1名です。

したがって、AAV9遺伝子治療後に同様の腫瘍がどの程度の頻度で発生するかは判断できません。

分子学的関連は強いが、完全な因果証明ではない

AAVのPLAG1への組込み、融合RNAの発現、PLAG1の著明な活性化、下流遺伝子群の発現上昇は、同じ腫瘍内で一貫して確認されています。

これらは組込みが発がんに寄与したという仮説を強く支持します。

しかし、同じ遺伝子組込みを再現して腫瘍形成を実証した実験ではありません。

腫瘍の起源細胞が特定されていない

脳室内に腫瘍が存在したことから、脳室周囲の細胞が関与した可能性はありますが、起源細胞を確定したものではありません。

組込みDNAの形成時点・形成過程は不明

腫瘍内の組込み配列には、10番染色体由来の断片が含まれていました。

その配列の特徴は、ベクター製造に用いるHEK293系細胞に由来する可能性を示唆しました。

ただし、実際の投与製剤のストックが利用できなかったため、製造段階ですでに同様の再構成配列が存在したかどうかは直接確認されていません。

長期的な予後は未確定

術後8か月時点では腫瘍の増大は認められませんでしたが、長期再発リスクや生命予後については、さらなる追跡が必要です。

12.臨床への示唆|AAV遺伝子治療の今後の安全性評価

今回の症例は、遺伝子治療における安全性評価を、短期的な毒性だけでなく、数年からさらに長期間に及ぶ遺伝子レベルの影響まで拡張する必要性を示しています。

特に重要な点は、ベクターの設計、投与量、投与経路、標的細胞の特性を統合的に評価することです。

また、AAV由来DNAがゲノムへ組み込まれる際には、DNAの欠失や再構成を伴う場合があります。

そのため、単一の解析技術だけでは重要な組込み構造を見逃す可能性があります。

本研究では、長鎖DNAシーケンシング、RNAシーケンシング、RT-PCR、標的PCR、droplet digital PCRなどを組み合わせて、組込み構造と転写産物を解析しました。

こうした複数の独立した手法による検証は、将来の遺伝子治療関連腫瘍の原因究明でも重要になると考えられます。

一方で、全患者に本症例と同じ画像検査間隔や分子解析を一律に適用すべきと結論づけることはできません。

実際の追跡計画は、使用製剤の安全性情報、治験・市販後調査の規定、基礎疾患と臓器リスクに応じて設定する必要があります。

13.まとめ|遺伝子治療の進歩と長期安全性の両立

今回のNEJM 2026の症例報告では、重症ムコ多糖症I型の男児にAAV9遺伝子治療を実施して約4年後、PLAG1駆動性神経上皮性腫瘍が発生しました。

腫瘍細胞では、AAV由来DNAのPLAG1遺伝子への組込み、AAV–PLAG1融合RNAの発現、PLAG1および関連遺伝子群の著明な活性化が確認されました。

これらは、AAVベクターの低頻度なゲノム組込みが、特定の条件下ではヒト腫瘍の発生に寄与し得ることを示す重要な分子学的証拠です。

一方で、単一症例から遺伝子治療全体の危険性を判断することは適切ではありません。

重症遺伝性疾患に対する治療効果と、まれな長期的有害事象の可能性を丁寧に評価することが求められます。

本症例は、遺伝子治療の価値を否定するものではなく、より安全なベクター設計と長期追跡の重要性を明確にした報告と位置づけられます。

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16.参考文献

原著

Ahrens-Nicklas RC, Kotch C, Roche AM, et al. Neuroepithelial Tumor with AAV Integration after Intracisternal Magna Vector Delivery. N Engl J Med. 2026;394:2126–2133.https://doi.org/10.1056/NEJMoa2601608

関連文献

Keck MK, et al. PLAG1 fusions define a third subtype of CNS embryonal tumor with PLAG family gene alteration. Acta Neuropathologica. 2025;150:12.

Chandler RJ, et al. Vector design influences hepatic genotoxicity after adeno-associated virus gene therapy. J Clin Invest. 2015;125:870–880.

Nault JC, et al. Recurrent AAV2-related insertional mutagenesis in human hepatocellular carcinomas. Nat Genet. 2015;47:1187–1193.

【執筆・監修医師プロフィール】

■ 福田 匡志(ふくた まさし)
成田赤十字病院 リウマチ膠原病内科部長 / 柏五味歯科・内科リウマチクリニック 医師。
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本リウマチ学会認定 リウマチ専門医。

■ 福田 涼子(ふくた りょうこ)
日本大学松戸歯学部歯内療法学講座兼任講師。
日本歯内療法学会専門医、日本歯科保存学会認定医。

■ 春原 優子(はるはら ゆうこ)
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本消化器病学会専門医、日本肝臓病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。

全国の患者様やご家族に向けて、関節リウマチ・膠原病・総合内科・消化器・歯科疾患を中心に全身に関する最新の医学論文や正しい知識を分かりやすく解説・発信しています。

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