• 2026年9月2日

「猫ひっかき病(Cat Scratch Disease)」の難治性症例の対処法を解説。NEJM2026症例。

野良子猫の甘噛みから始まる難治性リンパ節炎。1ヶ月続く発熱と右腋窩の有痛性腫脹。乾酪壊死を伴う肉芽腫形成から特定されたBartonella henselaeと、抗菌薬治療・外科的デブリードマンによる治療。

愛らしい子猫とのふれあいや野良猫の保護は日常的な光景ですが、小さな爪による引っかき傷や甘噛み(咬傷)から、数週間〜数ヶ月の潜伏期を経て原因不明の発熱や激しいリンパ節の腫れを引き起こす人獣共通感染症が存在します。それが、グラム陰性桿菌であるバルトネラ菌(Bartonella henselae)によって引き起こされる「猫ひっかき病(Cat Scratch Disease: CSD)」です。多くは自然軽快する良性疾患として知られていますが、時に標準的な抗菌薬に抵抗し、リンパ節が化膿・壊死して外科的処置を必要とする難治性の経過をたどることがあります。

世界最高峰の医学誌『The New England Journal of Medicine(NEJM)』に掲載された症例報告(2026年7月号)は、1ヶ月間にわたる発熱と右脇の下(腋窩)の有痛性腫脹に悩まされた40歳の女性の経過を通じ、この見過ごされやすい感染症のミクロな体の仕組みと、超音波・病理組織診・PCR検査を駆使した論理的な鑑別診断のプロセスを鮮やかに示しています。

1. 治らない発熱と腋窩リンパ節腫脹:2.5ヶ月前の記憶(臨床経過)

患者様は特記すべき基礎疾患のない健康な40歳女性で、1ヶ月前から続く発熱と、3週間前から出現した右腋窩の腫れを主訴に近医を受診しました。受診前に他院で処方されたST合剤(トリメトプリム・スルファメトキサゾール)の内服治療を行いましたが、症状は全く改善しませんでした。

身体診察では、右腋窩に皮膚の発赤(発赤疹)を伴う圧痛の強いリンパ節腫脹が確認されました。全身を詳細に観察したところ、右示指(人差し指)の先端遠位部に小さな丘疹の集簇と瘢痕が認められました。患者様に詳しく問診を行ったところ、受診の2.5ヶ月前に「野良の子猫に右示指を噛まれた」という受傷エピソードが明らかになりました。

2. リンパ流に乗るバルトネラ菌と肉芽腫形成(体の仕組み)

猫ひっかき病の病原体であるBartonella henselaeは、ネコノミを介して猫の間で伝播し、特に無症候の幼若猫(子猫)の口腔内や爪に高率に保菌されています。咬傷や引っかき傷によって皮膚バリアが破られると、菌はまず局所で増殖して数日から数週間後に受傷部位に小さな丘疹や紅斑を形成します。 その後、菌は局所のリンパ管へと侵入し、所属リンパ節(手指の受傷であれば肘や腋窩リンパ節)へと運ばれます。リンパ節内に達したバルトネラ菌に対し、生体の免疫システム(組織球やマクロファージ、T細胞)が激しい防御反応を展開します。

当初、猫ひっかき病を疑ってアジスロマイシンの投与が開始され、発熱は一旦治まりました。しかし、腋窩のリンパ節腫脹は依然として持続・悪化したため、さらなる精密検査が施行されました。 超音波検査(エコー)では、著明に腫大したリンパ節と、それに隣接する明瞭な液体貯留(膿瘍形成・壊死巣)が描出されました。 確定診断のために施行されたリンパ節のコア針生検(組織診)では、「乾酪壊死(caseous necrosis)を取り囲む柵状組織球(palisading histiocytes)と肉芽腫性炎症」という特徴的な組織像が確認されました。この病理所見は結核や真菌感染症とも酷似するため厳密な鑑別が必要となりますが、採取組織を用いたポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査においてBartonella henselaeのDNAが陽性と判定され、血清学的検査でもバルトネラ特異的IgG抗体の上昇が確認されたことで、猫ひっかき病と確定診断されました。

3. 難治化への対抗:併用抗菌療法と外科的デブリードマン

確定診断後、細胞内移行性の高いドキシサイクリンとリファンピシンによる併用抗菌薬治療が開始されました。 しかし、治療開始から3週間後、リンパ節の腫脹はさらに悪化し、皮膚が自潰して膿汁が漏出(排膿)する状態に至りました。菌が引き起こす激しい壊死反応によってリンパ節組織そのものが融解・液状化していたため、内服薬のみによる組織修復には限界があったのです。 そこで次の手として、感染・壊死した組織を物理的に徹底除去する「外科的デブリードマン(清掃・排膿術)」を施行しました。 適切な外科的ドレナージと抗菌薬の継続投与が功を奏し、治療開始から3ヶ月後にはすべての症状が完全に消失(治癒)に至りました。

ペットや野良猫との接触後に、数週間〜数ヶ月遅れてリンパ節が腫れたり、原因不明の微熱・だるさが続く場合、単なる風邪や一般的な化膿性リンパ節炎と自己判断せずに動物由来感染症を疑うこと、そして超音波スクリーニングや組織学的・遺伝子学的アプローチによって体の仕組みから病態を特定することが、難治化を防ぎ早期治癒へ導くための確固たる医療の防衛線となります。

□クリニックからのメッセージ

柏五味歯科内科リウマチクリニックでは、総合内科専門医・リウマチ膠原病専門医、および肝臓専門医が在籍し、日々勉学に努めることで正確な診断・治療を行えるよう努力を積み重ねています。患者様の訴えが、どのような「体の仕組み」で起きているのかを、身体診察、綿密な血液検査や超音波スクリーニング・必要に応じてCT等から論理的に解き明かし、正確な診断ならびに安全な治療管理プログラムをご提案します。当院の内科・発熱外来は土曜日の午後も17時まで診療を行っており、平日お忙しくて精密な健康管理や検査になかなか通えない患者様でも、週末にゆとりを持って専門医によるきめ細かなフォローアップを受けていただくことが可能です。

また、感染症を予防・管理する上で、お口の中の衛生管理(歯科管理)は、見過ごされがちですが極めて重要な「防衛ライン」です。今回の症例でみられたようなリンパ節の激しい化膿・壊死病変は、動物による咬傷だけでなく、「お口の中の慢性感染(重度の歯周病や根尖病巣)」を起点としても容易に発生します。お口の中に慢性炎症が存在していると、食事の際の咀嚼(噛むこと)や毎日のハミガキといった些細な刺激によって、歯周ポケットの血管から大量の口腔内細菌が容易に血液中に侵入します(一過性菌血症)。健康な状態であれば免疫によって排除されますが、今回の症例のように感染症と闘っている局面や、糖尿病などの持病をお持ちの方、あるいは高齢の患者様などの構造的な弱点(基質)がある状態では、血液に乗って流れてきたお口の細菌が肝臓や心臓の弁、人工関節などに定着し、重症の化膿性感染症や敗血症を引き起こす直接の引き金(原因経路)となってしまいます。当院の歯科は土曜日午後2時(14時)まで診療を行っており、医科と歯科が同じ電子カルテのもとで緊密に連携する「医科歯科連携治療」の強みを活かし、内科での全身管理と連動しながら、プロによる徹底的なお口の清掃(PMTCによるバイオフィルム除去)を提供します。体全体の入り口であるお口の細菌をきれいにリセットすることで、内科治療の安全性を飛躍的に高め、生涯にわたるお体の健康をトータルで支え抜きます。柏・我孫子エリアで原因不明の発熱やリンパ節の腫れ、だるさ、お口の乾きやトラブルにお悩みの方は、お気軽に当院までご相談ください。

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Reena D. Wadhwa, and Vilert A. Loving. “Cat Scratch Disease.” The New England Journal of Medicine. 2026; 395(1): 69.

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【執筆・監修医師プロフィール】

■ 福田 匡志(ふくた まさし)
成田赤十字病院 リウマチ膠原病内科部長 / 柏五味歯科・内科リウマチクリニック 医師。
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本リウマチ学会認定 リウマチ専門医。

■ 福田 涼子(ふくた りょうこ)
日本大学松戸歯学部歯内療法学講座兼任講師。
日本歯内療法学会専門医、日本歯科保存学会認定医。

■ 春原 優子(はるはら ゆうこ)
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本消化器病学会専門医、日本肝臓病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。

全国の患者様やご家族に向けて、関節リウマチ・膠原病・総合内科・消化器・歯科疾患を中心に全身に関する最新の医学論文や正しい知識を分かりやすく解説・発信しています。

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