- 2026年9月7日
【NEJM2026】心筋梗塞・脳卒中を起こす前にLDLコレステロールを下げる意味|VESALIUS-CV試験とエボロクマブを専門医が解説
心血管イベントの「最初の1回」をどう防ぐか。PCSK9阻害薬エボロクマブが示した早期LDL-C低下の可能性
心筋梗塞や脳梗塞は、ときにほとんど前触れなく発症します。
その背景で長い年月をかけて進行しているのが、LDLコレステロールなどを起点とする動脈硬化です。
これまで、心筋梗塞や脳卒中を一度経験した患者さんでは、LDLコレステロールを十分に低下させることによって再発リスクを減らせることが数多くの研究から示されてきました。
では、
「まだ心筋梗塞や脳卒中を起こしていないものの、すでに動脈硬化がある、あるいは糖尿病などによって将来の心血管リスクが非常に高い人では、どこまで早く、どこまでLDLコレステロールを下げるべきなのでしょうか?」
この重要な問いに新たなエビデンスを加えたのが、VESALIUS-CV試験です。
2025年11月に米国心臓協会(AHA)で発表され、2026年1月号の『The New England Journal of Medicine(NEJM)』に掲載されました。
さらに2026年8月には、全死亡を解析した事前規定解析がESC Congress 2026で発表され、『Circulation』にも報告されています。
VESALIUS-CV試験とは?
VESALIUS-CV試験には、心筋梗塞または脳卒中の既往がない12,257人が参加しました。
対象となったのは、
- 動脈硬化性疾患を有する患者さん
- または心血管リスクの高い糖尿病患者さん
で、標準的な脂質低下治療を受けていても、LDLコレステロールが十分に低下していない患者さんです。
参加者は、
- エボロクマブ群
- プラセボ群
へ1:1に無作為に分けられました。
エボロクマブは140 mgを2週間に1回皮下注射し、中央値4.6年間追跡されました。
重要なのは、この研究を単純に「健康な人への一次予防試験」と考えないことです。
すでに動脈硬化性疾患を有する患者さんも含まれており、中には冠動脈インターベンション(PCI)の既往がある患者さんもいました。
したがって、
「まだ心筋梗塞や脳卒中を経験していないものの、心血管リスクが非常に高い患者さんの“最初の大きなイベント”を防げるか」
を検討した試験と考えると分かりやすいでしょう。
LDLコレステロールは約55%低下し、45 mg/dLへ
まず際立ったのが、LDLコレステロールの低下です。
脂質サブスタディでは、治療開始前のLDLコレステロール中央値は約115 mg/dLでした。
48週後には、エボロクマブによってプラセボと比較して約55%低下し、
中央値45 mg/dL
まで低下しました。
一方、プラセボ群では中央値109 mg/dLでした。
PCSK9は、肝臓表面に存在するLDL受容体の分解を促進するタンパク質です。
エボロクマブによってPCSK9の働きを抑えると、LDL受容体が再利用されやすくなり、血液中のLDLコレステロールを効率よく肝臓へ回収できるようになります。
これが、スタチンなどに追加した際にも強力なLDL-C低下作用を発揮する理由です。
心筋梗塞・脳卒中などの初発イベントが25%減少
VESALIUS-CV試験の主要評価項目の一つは、
冠動脈疾患死・心筋梗塞・虚血性脳卒中
を合わせた「3-point MACE」でした。
5年間の推定発生率は、
- エボロクマブ群:6.2%
- プラセボ群:8.0%
となり、
相対リスクは25%低下しました。
ハザード比は0.75でした。
つまり、心筋梗塞や脳卒中をまだ経験していない高リスク患者さんにおいても、十分なLDL-C低下によって大きな心血管イベントを減らせることが示されました。
冠動脈治療まで含めたイベントも19%減少
3-point MACEに、
虚血を理由とした血行再建術
を加えた4-point MACEについても、
- エボロクマブ群:13.4%
- プラセボ群:16.2%
となり、
19%の相対リスク低下
が認められました。
ハザード比は0.81でした。
さらに心筋梗塞単独についても、エボロクマブ群では約36%の相対リスク低下が報告されています。
つまりLDLコレステロールを十分に低下させることは、検査値だけを改善しているのではありません。
その先にある
心筋梗塞、脳卒中、血行再建術
という実際の臨床イベントを減らしていることが重要です。
さらに注目された「全死亡20%低下」
2026年8月31日、ESC Congress 2026ではVESALIUS-CV試験の死亡アウトカムに関する事前規定解析が発表されました。
中央値4.6年間の追跡で、全死亡は、
- エボロクマブ群:434人
- プラセボ群:539人
でした。
5年間のKaplan–Meier推定死亡率では、
- 7.9%
- 9.7%
となり、
全死亡リスクは20%低下しました。
ハザード比は0.80(95%信頼区間 0.70–0.91)でした。
また、心血管死についても、
HR 0.79
と減少が認められています。
生存曲線の差は治療開始から約1.5年後より徐々に明瞭になりました。
これは、長期間LDLコレステロールを低く維持することによって、心血管イベントそのものを防ぐことが、その後の生命予後にも影響する可能性を示しています。
ただし重要な注意点があります。
VESALIUS-CV試験はもともと全死亡を主要評価項目として統計学的検出力を設計された試験ではありません。
したがって、
「エボロクマブを使えば寿命が必ず20%延びる」
という意味ではありません。
正確には、
「心筋梗塞・脳卒中既往のない高リスク患者集団で、エボロクマブ群の全死亡リスクがプラセボ群より20%低かった」
という結果です。
それでも、LDL低下療法による心血管イベント予防が生命予後へつながる可能性を示す、非常に重要なデータと考えられます。
LDLコレステロール45 mg/dLまで下げても大丈夫?
患者さんからよく、
「コレステロールをそんなに下げて大丈夫なのでしょうか?」
という質問をいただきます。
VESALIUS-CV試験では、エボロクマブ群のLDL-C中央値は45 mg/dLまで低下しましたが、試験全体として重大な安全性イベントの増加を示す明確なシグナルは認められませんでした。
PCSK9阻害薬について従来から懸念されてきた、
- 糖代謝への影響
- 神経認知機能への影響
- その他の重大な有害事象
についても、今回の試験から新たな大きな安全性上の問題は確認されませんでした。
もちろん、すべての患者さんで45 mg/dLを目指すという意味ではありません。
治療目標は、
- 年齢
- 動脈硬化の程度
- 糖尿病
- 慢性腎臓病
- 喫煙
- 高血圧
- 家族歴
- 既存の脂質低下薬
- 家族性高コレステロール血症
などを総合的に評価して決める必要があります。
VESALIUS-CVが示したのは「誰にでもPCSK9阻害薬」ではない
この研究結果から、
「LDLコレステロールが少し高ければ、全員がエボロクマブを使用すべき」
と考えるのは適切ではありません。
現在も脂質異常症治療の基本は、
- 食事・運動・禁煙などの生活習慣改善
- スタチン
- 必要に応じてエゼチミブ
- 心血管リスクやLDL-C値に応じてPCSK9阻害薬などを検討
という考え方です。
VESALIUS-CVが大きく変えたのは、
「大きな心血管イベントを一度起こすまで待つ必要はない」
という考え方を、より強固にしたことです。
心血管リスクが十分に高い患者さんでは、心筋梗塞や脳卒中が起きる前から積極的にLDL-Cを低下させることで、最初の大きなイベントを防げる可能性があります。
血管は症状が出る前から傷んでいる
動脈硬化の難しさは、かなり進行するまで症状が出ないことです。
LDLコレステロールが高い状態が長期間続くと、LDL粒子が血管壁へ入り込み、酸化や炎症を介して動脈硬化性プラークが形成されます。
さらに、
- 高血圧
- 糖尿病
- 喫煙
- 慢性腎臓病
- 肥満
- 運動不足
などが重なると、血管壁への負担はさらに増えていきます。
プラークが破綻すると血栓が急速に形成され、
心筋梗塞や脳梗塞
を引き起こします。
したがって、本当に重要なのは、
症状が出てから血管を守るのではなく、症状がない時期からリスクを見つけること
です。
LDLコレステロールだけでなく血圧・糖尿病・喫煙も一緒に管理する
VESALIUS-CV試験はLDL-C低下の重要性を示しました。
しかし、動脈硬化予防はコレステロールだけでは完成しません。
例えば、
- LDLコレステロール
- 血圧
- 血糖
- HbA1c
- 腎機能
- 喫煙
- 体重
- 運動
- 睡眠
などを総合的に評価する必要があります。
一つひとつの数値を別々に見るのではなく、
「この患者さんが今後10年、20年で心筋梗塞や脳卒中を起こす可能性をどう減らすか」
という視点から治療を組み立てることが重要です。
クリニックからのメッセージ
柏五味歯科内科リウマチクリニックでは、総合内科専門医・リウマチ専門医・肝臓専門医が連携し、血液検査や診察所見を一つひとつ独立した「点」として見るのではなく、体全体の仕組みとしてつなげて考える診療を大切にしています。
脂質異常症は、自覚症状がほとんどありません。
高血圧も同様です。
しかし、その間にも動脈硬化は少しずつ進行していることがあります。
健康診断で、
- LDLコレステロールが高い
- 血圧が高い
- 血糖値やHbA1cが高い
- 肝機能異常を指摘された
- 腎機能が低下している
といった結果があった場合には、一つの数値だけを見るのではなく、将来の心血管リスクを総合的に評価することが重要です。
スタチンやエゼチミブを使用してもLDL-Cが十分低下しない患者さんや、家族性高コレステロール血症、高度な心血管リスクを有する患者さんでは、必要に応じてPCSK9阻害薬を含む治療についても検討します。
当院の内科は土曜日午後も17時まで診療しております。
循環器疾患とお口の健康―医科歯科連携の意味
当院では内科と歯科が併設されている利点を生かし、全身疾患を持つ患者さんの口腔管理にも取り組んでいます。
歯周病などによって口腔内に慢性的な炎症があると、日常生活の中でも一過性の菌血症が生じることがあります。
特に、
- 人工弁置換後
- 感染性心内膜炎の既往
- 一部の先天性心疾患
など、感染性心内膜炎リスクが高い患者さんでは、良好な口腔衛生を維持することが重要です。
一方で、エボロクマブを使用すること自体が感染性心内膜炎のリスクを高めるわけではありません。
また、すべての循環器疾患患者さんに特別な歯科処置が必要というわけでもありません。
大切なのは、患者さんの心疾患や内服薬、治療歴を歯科側も把握し、安全に歯科治療や口腔ケアを行うことです。
当院では医科・歯科が連携し、それぞれの患者さんの全身状態に応じた口腔管理を行っています。
歯科は土曜日14時まで診療しております。
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心筋梗塞や脳卒中の初発を防ぐためには、LDLコレステロールだけでなく、血管壁へ持続的な負荷を与える高血圧の管理も重要です。
血圧と脂質を別々の問題として考えるのではなく、長期的な動脈硬化リスク全体を下げていくことが血管を守る基本となります。
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医科と歯科の双方で患者さんの全身状態を共有しながら診療することには大きな意義があります。
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脂質異常症、高血圧、糖尿病、腎機能低下などは、症状がない時期から将来の心血管リスクに影響しています。
前年との変化も含めて健診データを継続的に見ることで、病気が大きく進行する前に介入できる可能性があります。
まとめ:心筋梗塞・脳卒中を「起こしてから」ではなく「起こす前」に防ぐ
VESALIUS-CV試験が示した重要なポイントは、
「心筋梗塞や脳卒中を一度経験するまで、強力なLDL-C低下を待つ必要はない患者さんが存在する」
ということです。
心筋梗塞・脳卒中既往のない高リスク患者さんにおいて、エボロクマブを追加することで、
- LDL-C:約55%低下
- LDL-C中央値:45 mg/dL
- 3-point MACE:25%低下
- 4-point MACE:19%低下
- 心筋梗塞:約36%低下
が示されました。
さらに事前規定された死亡解析では、
全死亡リスク20%低下
という結果も報告されました。
動脈硬化予防で大切なのは、単に「コレステロールの数字を正常範囲へ入れる」ことではありません。
その人が将来、心筋梗塞や脳卒中を起こす可能性をどこまで下げられるか。
その視点からLDLコレステロール、血圧、血糖、腎機能、喫煙歴などを総合的に評価することが、これからの心血管予防にますます重要になっていくと考えられます。
健康診断でLDLコレステロールや血圧の異常を指摘された方、治療を続けてもLDLコレステロールが十分に下がらない方は、症状がなくても一度ご相談ください。
参考文献
- Bohula EA, Marston NA, Bhatia AK, et al. Evolocumab in Patients without a Previous Myocardial Infarction or Stroke. N Engl J Med. 2026;394:117-127. doi:10.1056/NEJMoa2514428.
- Giugliano RP, et al. Effects of Evolocumab on Mortality Outcomes in Patients Without Previous Myocardial Infarction or Stroke: A Prespecified Analysis of the VESALIUS-CV Randomized Clinical Trial. Circulation. 2026.
※本記事は医学情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。脂質異常症の治療目標やPCSK9阻害薬の適応は、患者さんごとの心血管リスク、既往歴、LDLコレステロール値、併存疾患などを踏まえて判断します。

【執筆・監修医師プロフィール】
■ 福田 匡志(ふくた まさし)
成田赤十字病院 リウマチ膠原病内科部長 / 柏五味歯科・内科リウマチクリニック 医師。
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本リウマチ学会認定 リウマチ専門医。
■ 福田 涼子(ふくた りょうこ)
日本大学松戸歯学部歯内療法学講座兼任講師。
日本歯内療法学会専門医、日本歯科保存学会認定医。
■ 春原 優子(はるはら ゆうこ)
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本消化器病学会専門医、日本肝臓病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。
全国の患者様やご家族に向けて、関節リウマチ・膠原病・総合内科・消化器・歯科疾患を中心に全身に関する最新の医学論文や正しい知識を分かりやすく解説・発信しています。
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