• 2026年9月9日

【NEJM2026】片眼の急速な視力低下と頭痛|バルトネラ(Bartonella)神経網膜炎と未診断HIV感染症

28歳男性に生じた片眼の急速な視力低下。著明な視神経乳頭浮腫に続いて出現した「黄斑星(macular star)」が診断の手がかりとなり、Bartonella henselaeによる神経網膜炎と、背景にあった未診断HIV-1感染症が明らかになったNEJM症例を解説します。

急激な視力低下や頭痛は、一見すると「目だけの病気」に思えるかもしれません。

しかし、その背景に感染症、自己免疫疾患、血管障害、腫瘍、さらには免疫不全などの全身疾患が隠れていることがあります。

特に、若い方に生じる片眼性の急速な視力低下と視神経乳頭浮腫では、一般的な視神経炎だけでなく、感染症を含めた幅広い鑑別が必要です。

2026年7月23日号の『The New England Journal of Medicine(NEJM)』Case 21-2026では、28歳男性に生じた右眼の高度な視力低下から、Bartonella henselaeによる神経網膜炎(neuroretinitis)が診断された興味深い症例が報告されました。

さらに検査の過程で、それまで診断されていなかったHIV-1感染症も判明しました。

この症例は、「目の異常」を入口として全身を診ることの重要性を示しています。

1.重い物を持ち上げた後に始まった「飛蚊症・光視症・視力低下」

患者さんは28歳男性です。

入院約2週間前に咽頭痛と右顔面腫脹が出現し、溶連菌感染が疑われてアモキシシリンによる治療を受け、いったん症状は改善しました。

その後、入院7日前に仕事中に非常に重い物を持ち上げた直後から、右眼に

  • 飛蚊症
  • 光がちらつく光視症
  • 右前頭部の頭痛
  • 右頸部痛
  • 眼球の奥の痛み

が出現しました。

さらに約1週間かけて右眼の視力が進行性に低下しました。

眼科受診時には、

  • 左眼:20/20
  • 右眼:20/250

と右眼だけが著しく低下していました。

色覚も右眼で高度に低下し、右眼には相対的求心性瞳孔障害(RAPD)と高度な視野障害を認めました。

眼底では、右視神経乳頭にFrisén Grade 5に相当する極めて高度な浮腫がみられ、出血と網膜下液も伴っていました。

「若い男性の片眼性視力低下」という情報だけなら典型的な視神経炎も重要な鑑別ですが、この症例ではそれだけでは説明しきれない所見が次々と明らかになっていきます。

2.診断の鍵となった「黄斑星(macular star)」

この症例を特徴づけた重要な所見が、経過中に出現した黄斑星(macular star)です。

神経網膜炎とは?

神経網膜炎(neuroretinitis)は、

視神経乳頭浮腫に続いて、黄斑部に星状の硬性白斑が形成される病態

です。

原因には複数の感染症や炎症性疾患がありますが、その代表的な原因の一つがBartonella henselaeです。

Bartonella henselaeは猫との接触を契機として感染することがあり、一般には「猫ひっかき病」の原因菌として知られています。

本症例でも患者さんは2匹の猫と生活していました

なぜ「星形」になるのでしょうか?

神経網膜炎では、炎症を起こした視神経乳頭周囲の血管から、脂質や水分を含む滲出液が漏れ出します。

そのうち水分成分は網膜下へ広がり、網膜下液として観察されます。

一方、脂質に富む成分は網膜の外網状層(outer plexiform layer)に沈着します。

黄斑周囲ではHenle線維が放射状に配列しているため、脂質性滲出物もその構造に沿って放射状に並びます。

その結果、

「星」のように見える黄斑星(macular star)

が形成されます。

重要なのは、黄斑星が最初から見えるとは限らないことです。

神経網膜炎ではまず視神経乳頭浮腫が先行し、その後1~2週間ほどして黄斑星が目立ってくることがあります。

本症例でも、経過を追った眼底診察によって黄斑星が明瞭となったことが診断につながりました。

つまり、

「最初の眼底検査だけで診断が確定しなくても、経時的な再診察が診断を大きく変える」

という点も、この症例の重要なメッセージです。

3.「目の病気」から全身検索へ――未診断HIV感染症が判明

さらに重要だったのが、眼だけにとどまらず全身を評価したことです。

検査では、それまで診断されていなかったHIV-1感染症が判明しました。

  • HIV-1 RNA:41,900 copies/mL
  • CD4陽性T細胞数:315/μL

でした。

CD4数315/μLは低下していますが、いわゆる高度な免疫不全を示す50/μL未満のような状態ではありません。

実際、NEJMの鑑別診断でも「著明な免疫抑制を示すCD4数ではない」ことが指摘されています。

それでも、未治療のHIV感染症という背景は、感染症の評価や治療方針を考えるうえで極めて重要な情報となりました。

4.髄液異常とリンパ節・肝病変――眼だけでは説明できない全身所見

髄液検査では、

  • 白血球 235/μL
  • リンパ球 87%
  • 糖 40 mg/dL
  • 蛋白 98 mg/dL

と、明らかな炎症所見を認めました。

さらに胸腹部CTでは、

  • 右腋窩リンパ節
  • 肝門部・後腹膜リンパ節
  • 肝臓内の2か所の低吸収域

が確認されました。

この段階で、単なる局所的な視神経疾患ではなく、全身性の感染症を含む病態を考える必要があります。

HIV感染症患者では結核、梅毒、トキソプラズマ症、真菌感染症なども重要な鑑別となります。

本症例ではこれらを一つずつ検討しながら、臨床像を最もよく説明する原因が絞り込まれていきました。

5.実は「歯原性感染症」も鑑別されていた――医科歯科連携の重要性

この症例でもう一つ興味深い点があります。

顔面CTでは、

右上顎第一大臼歯および第二小臼歯付近の根尖病変と、それに関連すると考えられる右上顎洞炎

が認められていました。

つまり当初は、

「歯の根の感染から上顎洞炎が起こり、さらに眼窩や視神経へ炎症が波及しているのではないか」

という可能性も検討されたのです。

しかし画像上、眼窩底などに骨欠損はなく、上顎洞から眼窩へ直接感染が広がった所見は認められませんでした。

そのため、歯原性感染症は治療すべき併存病変ではあるものの、今回の高度な視力低下の主原因とは考えにくいと判断されました。

これは非常に重要な臨床推論です。

「異常が見つかった」ことと、「その異常が症状の原因である」ことは同じではありません。

画像・診察・検査・時間経過を組み合わせて、本当に病態を説明できる原因を見極める必要があります。

6.Bartonella henselae IgG 1:4096――診断へ

入院10日目、入院5日目に採取されていた血液検査の結果が判明しました。

Bartonella henselae IgG抗体価:1:4096

と非常に高値でした。

一方、IgMは1:20未満でした。

Bartonella感染症ではIgMだけでなくIgG抗体価を臨床経過と合わせて解釈することが重要であり、本症例では、

  • 猫への曝露
  • 高度な視神経乳頭浮腫
  • 網膜下液
  • 経過中に出現した黄斑星
  • 全身性病変
  • 高いBartonella IgG抗体価

を総合して、

Bartonella henselae感染症による神経網膜炎

と診断されました。

7.ドキシサイクリン+リファンピシン、そしてHIVに対するART

Bartonella神経網膜炎については、すべての患者さんに対する治療法が大規模無作為化比較試験によって確立しているわけではありません。

軽症例では自然軽快する場合もあります。

一方、視力を脅かす眼病変や中枢神経病変、HIV感染症などを背景とした重症Bartonella感染症では、全身抗菌薬治療が重要になります。

本症例では入院5日目からドキシサイクリンを開始し、Bartonellaの診断が支持された入院10日目からリファンピシンが追加されました。

さらに選択的にプレドニゾンの漸減療法も併用されています。

同時に、HIV感染症に対して

  • テノホビル アラフェナミド
  • エムトリシタビン
  • ドルテグラビル

による抗レトロウイルス療法(ART)が開始されました。

なお、リファンピシンには薬物相互作用があるため、本症例ではドルテグラビルを通常より高い投与頻度で使用しています。

ここにも、「一つの病気だけを治療する」のではなく、感染症・HIV・薬物相互作用を同時に管理する総合的な治療の重要性が表れています。

8.4週間後、視力は20/60へ改善

抗菌薬開始から4週間後、右眼視力は

20/250 → 20/60

まで大きく改善しました。

視神経乳頭浮腫も明らかに改善しました。

一方で、黄斑星や視神経乳頭の血管新生は残っていました。

これは神経網膜炎に特徴的な経過です。

網膜下液の水分成分は比較的速やかに消退する一方、網膜内に沈着した脂質成分である黄斑星は、より長期間残存することがあります。

また、ART開始後にはHIV-1 RNAも抑制されました。

6か月後のCTでは、肝臓の低吸収域病変とリンパ節腫脹はいずれも縮小していました。

したがって、「完全消失した」というより、

感染症治療とHIV治療によって眼所見・全身所見ともに良好な改善を示した

と理解するのが適切です。

9.この症例から学べる3つのポイント

① 急速な片眼の視力低下は「眼だけの病気」とは限らない

視神経炎、虚血、感染症、自己免疫疾患、腫瘍、頭蓋内疾患など、幅広い原因を考える必要があります。

② 黄斑星は後から出現することがある

初診時に黄斑星がなくても、神経網膜炎を否定できません。

高度な視神経乳頭浮腫の原因が不明な場合には、経時的な眼底評価が重要です。

③ 一つの異常所見に飛びつかず、「全身を一つのストーリーとして考える」

本症例では、

  • 歯原性上顎洞炎
  • HIV感染症
  • 髄液細胞増多
  • リンパ節腫脹
  • 肝病変
  • 猫への曝露
  • Bartonella抗体
  • 神経網膜炎

という複数の情報が存在しました。

それぞれを単独で見るのではなく、

「どの病態なら多くの所見を最も矛盾なく説明できるのか」

と考えることが、正しい診断につながります。

クリニックからのメッセージ

急激な片眼の視力低下、視野の欠損、急に物が見えなくなる症状は、視力に重大な影響を及ぼす疾患の可能性があります。

このような症状が突然出現した場合には、まず眼科救急を含めた速やかな眼科受診が必要です。

一方、

  • 原因不明の発熱
  • 長引く頭痛
  • リンパ節の腫れ
  • 健診で指摘された血液異常
  • 繰り返す感染症
  • 原因のはっきりしない全身症状

などでは、眼科所見だけでなく全身を評価する総合内科的な視点が重要になることがあります。

柏五味歯科内科リウマチクリニックでは、総合内科専門医・リウマチ専門医・肝臓専門医が連携し、問診・診察・血液検査・画像所見などを総合して病態を評価しています。

また、本症例のように歯原性感染症と全身疾患の鑑別が問題となる場面では、医科と歯科が同じ電子カルテを共有する当院の特徴を生かし、必要に応じて医科歯科双方から評価を行っています。

「見つかった異常が本当に症状の原因なのか」を一つずつ整理し、必要な場合には適切な専門医療機関へ速やかにつなぐことも総合内科の重要な役割です。


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正式な引用文献

Gilbert AL, Chwalisz BK, Gue RS, Bebell LM. Case 21-2026: A 28-Year-Old Man with Headache and Vision Loss in the Right Eye. N Engl J Med. 2026;395:389-398. doi:10.1056/NEJMcpc2518086


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【執筆・監修医師プロフィール】

■ 福田 匡志(ふくた まさし)
成田赤十字病院 リウマチ膠原病内科部長 / 柏五味歯科・内科リウマチクリニック 医師。
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本リウマチ学会認定 リウマチ専門医。

■ 福田 涼子(ふくた りょうこ)
日本大学松戸歯学部歯内療法学講座兼任講師。
日本歯内療法学会専門医、日本歯科保存学会認定医。

■ 春原 優子(はるはら ゆうこ)
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本消化器病学会専門医、日本肝臓病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。

全国の患者様やご家族に向けて、関節リウマチ・膠原病・総合内科・消化器・歯科疾患を中心に全身に関する最新の医学論文や正しい知識を分かりやすく解説・発信しています。

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