- 2026年8月31日
- 2026年9月1日
土壌の小さな傷から広がる足の慢性破壊。最新NEJM症例が教える「菌腫(マドゥーラ足)」の体の仕組みと放線菌感染症の診断・治療戦略
2年間にわたり進行した足の腫脹と潰瘍化結節。変法チール・ネールゼン染色とPCR検査が特定したNocardia brasiliensisと、骨髄炎・化膿性関節炎を救ったデブリードマン・ST合剤治療
土壌や植物に触れる機会の多い農作業や屋外活動において、トゲが刺さるなどの微細な外傷(刺創)を負うことは決して珍しくありません。しかし、その小さな傷口から土壌中の病原微生物が侵入し、数ヶ月から数年の歳月をかけて皮膚だけでなく皮下組織、筋肉、さらには骨や関節へと徐々に破壊を広げていく重篤な慢性感染症が存在します。それが「菌腫(mycetoma:別名マドゥーラ足 / Madura foot)」です。
世界最高峰の医学誌『The New England Journal of Medicine(NEJM)』に掲載された症例報告(2026年4月30日号)では、右足に生じた難治性の潰瘍と腫脹に2年間悩まされた30歳の農業従事者の男性の経過を通じ、この見過ごされやすい慢性深部感染症のミクロな体の仕組みと、正確な微生物学的診断に基づいた集学的治療の重要性が示されていました。
1. 2年間の緩徐な進行と足の変形(臨床経過)
患者様は特記すべき基礎疾患のない健康な30歳男性で、農業従事者として長年にわたり足に小さな怪我を繰り返していました。過去には、右足の第4趾と第5趾(薬指と小指)の間の皮膚に刺傷を負ったエピソードがありました。 患者様は右足の皮膚病変が2年間にわたって徐々に悪化してきたため、感染症専門クリニックへ紹介受診となりました。身体診察では、右足全体に著明な腫脹(腫れ)が認められ、皮膚表面には多数の潰瘍化した結節(しこり)が多発していました。
菌腫は、主に熱帯や亜熱帯の乾燥・半乾燥地域において、裸足での作業などによって土壌中の病原体に頻繁に曝露される人々に好発する慢性肉芽腫性感染症です。一般に「無痛性の皮下結節」「多発する洞道(瘻孔:排膿のためのトンネル)」「膿汁の排出(排膿)」を特徴としますが、初期には痛みが乏しいために放置されやすく、受診時にはすでに深部組織へと病変が進行しているケースが少なくありません。
2. 細菌性(放線菌)か真菌性か:起炎菌を見極める体の仕組みと検査手法
菌腫の治療戦略を立てる上で最も重要なステップは、原因微生物が「細菌(放線菌など:放線菌腫 / actinomycetoma)」であるか、それとも「真菌(カビ:真菌腫 / eumycetoma)」であるかを厳密に鑑別することです。両者は臨床像が酷似しているものの、治療に用いる薬剤が抗菌薬(抗生剤)と抗真菌薬で完全に異なるためです。
確定診断のため、病変部から採取された皮膚生検組織の病理組織学的検査が施行されました。顕微鏡下では、好中球の浸潤を伴う化膿性炎症と、マクロファージや多核巨細胞からなる肉芽腫性炎症が混在する「化膿性肉芽腫性炎症反応(suppurative and granulomatous inflammatory process)」が確認されました。 さらに、変法チール・ネールゼン染色(modified Ziehl–Neelsen staining)を実施したところ、特徴的な「糸状に分岐する構造物(filamentous, branching structures)」が観察され、弱抗酸性を示すノカルジア属(Nocardia species)の存在に合致する所見が得られました。最終的に、病変組織を用いたポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査によって「Nocardia brasiliensis(ノカルジア・ブラジリエンシス)」が遺伝子レベルで同定され、ノカルジア感染による放線菌腫と確定診断されました。
3. 骨髄炎・化膿性関節炎の併発と、外科・内科の集学的アプローチ
足の画像検査を実施したところ、病変は皮膚や皮下組織にとどまらず、足の骨や関節にまで直接波及しており、「骨髄炎(osteomyelitis)」および「化膿性関節炎(septic arthritis)」を合併していることが判明しました。 ノカルジア属などの放線菌は、組織の間隙を縫うように徐々に増殖し、強固な微小コロニー(菌塊 / 顆粒)を形成しながら周囲の筋膜や骨皮質を融解・破壊していく性質を持っています。血流が乏しく壊死組織が介在する骨や関節の深部では、内服薬単独では十分な薬物濃度が届きにくいという治療上の大きな壁が存在します。
そこで医療チームは、感染した壊死組織や膿を物理的に徹底除去して血流を改善させる「外科的デブリードマン(切除・清掃術)」を施行しました。その上で、Nocardia brasiliensisに対して極めて高い感受性を持つトリメトプリム・スルファメトキサゾール(ST合剤)の内服治療を6ヶ月間にわたり継続投与しました。 治療開始から6ヶ月後のフォローアップ時、右足の皮膚結節や潰瘍はきれいに上皮化・瘢痕化し、腫脹も劇的に軽快して良好な回復を遂げました。
屋外での刺傷や切り傷の後に、数ヶ月〜数年単位で治らない皮膚のしこりや排膿が続く場合、単なる創傷トラブルと見過ごさずに深部の慢性感染症(菌腫や非結核性抗酸菌症など)を疑うこと、そして組織診・染色・PCR検査によって正確に起炎菌を特定し、外科的処置とお薬を組み合わせることが、手足の機能と骨関節を守り抜くための確固たる医療の原則となります。
□クリニックからのメッセージ
柏五味歯科内科リウマチクリニックでは、総合内科専門医・リウマチ膠原病専門医、および肝臓専門医が在籍し、日々勉学に努めることで正確な診断・治療を行えるよう努力を積み重ねています。患者様の訴えが、どのような「体の仕組み」で起きているのかを、身体診察、綿密な血液検査や超音波スクリーニング・必要に応じてCT等から論理的に解き明かし、正確な診断ならびに安全な治療管理プログラムをご提案します。当院の内科・発熱外来は土曜日の午後も17時まで診療を行っており、平日お忙しくて精密な健康管理や検査になかなか通えない患者様でも、週末にゆとりを持って専門医によるきめ細かなフォローアップを受けていただくことが可能です。
また、感染症を予防・管理する上で、お口の中の衛生管理(歯科管理)は、見過ごされがちですが極めて重要な「防衛ライン」です。今回の症例でみられたような骨や関節への深部感染(骨髄炎や化膿性関節炎)は、皮膚の外傷だけでなく、「お口の中の慢性感染」を起点としても容易に発生します。お口の中に重度の歯周病(慢性炎症)が存在していると、食事の際の咀嚼(噛むこと)や毎日のハミガキといった些細な刺激によって、歯周ポケットの血管から大量の口腔内細菌が容易に血液中に侵入します(一過性菌血症)。健康な状態であれば免疫によって排除されますが、糖尿病などの持病をお持ちの方、骨粗鬆症や人工関節置換術後の方、あるいは高齢の患者様などの構造的な弱点(基質)がある状態では、血液に乗って流れてきたお口の細菌が関節や骨、心臓の弁などに定着し、重症の化膿性関節炎や感染性心内膜炎を引き起こす直接の引き金(原因経路)となってしまいます。当院の歯科は土曜日午後2時(14時)まで診療を行っており、医科と歯科が同じ電子カルテのもとで緊密に連携する「医科歯科連携治療」の強みを活かし、内科での全身管理と連動しながら、プロによる徹底的なお口の清掃(PMTCによるバイオフィルム除去)を提供します。体全体の入り口であるお口の細菌をきれいにリセットすることで、内科治療の安全性を飛躍的に高め、生涯にわたるお体の健康をトータルで支え抜きます。柏・我孫子エリアで原因不明のだるさや皮膚・関節のトラブル、お口の乾きや違和感にお悩みの方は、お気軽に当院までご相談ください。
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Juan C. Cataño, and Valentina Montoya. “Mycetoma.” The New England Journal of Medicine. 2026; 394(17): e33.
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【執筆・監修医師プロフィール】
■ 福田 匡志(ふくた まさし)
成田赤十字病院 リウマチ膠原病内科部長 / 柏五味歯科・内科リウマチクリニック 医師。
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本リウマチ学会認定 リウマチ専門医。
■ 福田 涼子(ふくた りょうこ)
日本大学松戸歯学部歯内療法学講座兼任講師。
日本歯内療法学会専門医、日本歯科保存学会認定医。
■ 春原 優子(はるはら ゆうこ)
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本消化器病学会専門医、日本肝臓病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。
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