- 2026年9月1日
多発性硬化症:2026年NEJMレビューの解説(病態から早期高力価治療のパラダイムシフト)
EBウイルス感染と自己免疫の連鎖。抗CD20抗体が切り拓く再発ゼロ時代と、くすぶる慢性炎症(PIRA)を克服する最新神経免疫学の地平
視神経の炎症による片目の視力低下や二重に見える複視、手足のしびれや脱力、歩行時のふらつき、そして排尿障害――。中枢神経系(脳・視神経・脊髄)の神経線維を覆う保護カバーである「ミエリン鞘(髄鞘)」が自己免疫によって攻撃され、多彩な神経症状の「再発」と「寛解」を繰り返しながら徐々に障害が進行していく多発性硬化症(Multiple Sclerosis: MS)。女性に多く、20〜40代の若年期に好発することから、患者様の就労や社会生活に極めて深刻な打撃を与える自己免疫性神経難病の代表格です。
世界最高峰の医学誌『The New England Journal of Medicine(NEJM)』に掲載された最新総説(2026年7月号)は、MS研究の世界的権威であるStephen L. Hauser医師により執筆され、発症の引き金となるエプスタイン・バー(EB)ウイルスとB細胞のミクロな体の仕組みから、臨床現場の常識を覆した「沈黙の進行(PIRA)」の概念、そして抗CD20モノクローナル抗体をはじめとする早期高力価治療がもたらした予後の劇的な改善と未来の治療戦略を包括的に解き明かしています。
1. EBウイルスとB細胞が点火する自己免疫カスケード(体の仕組み)
多発性硬化症の発症には、HLA-DRB1*15:01などの遺伝的素因に加え、環境要因が複雑に絡み合っています。近年確立された最も決定的なエビデンスが、「エプスタイン・バー(EB)ウイルス感染」との因果関係です。EBウイルス未感染者がMSを発症することは極めて稀であり、思春期以降の感染(伝染性単核球症など)を経て記憶B細胞内に生涯潜伏したウイルスが、自己免疫暴走のカタリスト(触媒)として機能します。 ウイルス感染によって刺激されたB細胞は、中枢神経系へのホーミング能を獲得し、自己抗原ペプチドを病原性T細胞(CD4陽性・CD8陽性T細胞)へ効率よく提示します。さらに、EBウイルス抗原(EBNA1やBRRF2など)に対する抗体が、ヒト中枢神経系の構成成分(GlialCAMなど)と分子相同性(分子模倣)によって交叉反応を起こし、自己のミエリン鞘やオリゴデンドロサイトを攻撃する自己抗体や炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-α、GM-CSFなど)を放出して激しい炎症を誘導します。
2. 急性巣状病変から「くすぶる慢性活動性病変」へ:MRIが捉える病態の変遷
急性期の病変では、血管周囲の血液脳関門(BBB)が破綻し、リンパ球や単球が浸潤して局所的な脱髄と軸索損傷を引き起こします。この急性炎症は造影MRI検査においてガドリニウム造影増強病変(約1ヶ月持続)として捉えられ、臨床的な「急性再発」の引き金となります。 しかし、急性炎症が数週間で治まった後も、病変は完全に沈静化するわけではありません。病変辺縁部に鉄を含んだ活性化ミクログリアが帯状に集積し、BBBが比較的保たれた閉鎖環境の中で神経軸索をじわじわと破壊し続ける「慢性活動性病変(常磁性リム病変:PRL)」へと移行することが明らかになりました。さらに、軟膜に隣接する脳膜リンパ小節(異所性リンパ組織)から放出される液性因子が、大脳皮質の脱髄や広範な神経細胞脱落(脳萎縮)を加速させます。
3. 「再発を抑えても障害が進む」パラドックス:PIRA(沈黙の進行)の解明
従来の疾患モデルでは、「再発による後遺症の積み重ね」によって障害が蓄積し、発症から平均15〜16年を経て徐々に歩行障害などが悪化する二次性進行型(SPMS)へと移行すると考えられていました。 しかし、近年の高力価治療の普及によって再発がほぼ完全に抑えられるようになったことで、極めて重大な事実が浮き彫りとなりました。それが、「再発活動性とは独立した障害進行(Progression Independent of Relapse Activity: PIRA)」、すなわち「沈黙の進行(Silent Progression)」です。 MSの病態は、発症早期から「急性炎症」と「進行性神経変性」の双方が同時に水面下で進行している単一の連続体であり、急性再発の有無にかかわらず、微小な軸索傷害やシナプス喪失が不可逆的な神経障害の主原因となっていることが判明したのです。
4. 治療戦略のコペルニクス的転回:早期高力価導入(Early High-Efficacy)の時代へ
このPIRAや進行型への移行を食い止めるため、治療パラダイムは根本的な転換を遂げました。かつて主流であった「効果の穏やかな初期薬から始め、効果不十分なら段階的に薬を強める(エスカレーション療法)」は否定され、「診断後できる限り早期に、最も効果の高い高力価治療(High-Efficacy Therapy)を導入する」アプローチが世界の標準となっています。その中核を担うのが、オクレリズマブ、オファツムマブ、ウブリキシマブなどの「抗CD20モノクローナル抗体」です。これらの薬剤は、末梢血中のCD20陽性B細胞を枯渇させることで、MRI上の新規病変形成を約99%抑制し、大半の患者様で急性再発を完全に封じ込める圧倒的な有効性を示しています。オクレリズマブの10年長期追跡試験では75%以上の患者様で持続的な障害悪化が阻止され、かつて発症後15年で約半数が移行していたSPMSへの進行期間は、現代の治療下では平均約40年へと劇的に延長されました。また、一次性進行型(PPMS)に対しても、オクレリズマブが進行リスクを約25%低下させ、車椅子生活に至るまでの期間を有意に延長(7年以上)させることが実証されています。
さらに次世代の治療パイプラインとして、BBBを通過して中枢神経系内のミクログリアやB細胞を直接抑制する「ブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)阻害薬(フェネブルチニブなど)」や、オリゴデンドロサイト前駆細胞の分化を促進してミエリンを再生させる修復療法(クレマスチンなど)、CD19標的CAR-T細胞療法などの研究が急速に進展しています。 多発性硬化症は、早期に正しい体の仕組みを見抜き、適切な分子標的治療と全身管理を導入することで、神経障害の進行を食い止め、生涯にわたり健やかな日常生活を維持できる時代へと進化を遂げているのです。
□クリニックからのメッセージ
柏五味歯科内科リウマチクリニックでは、総合内科専門医・リウマチ膠原病専門医、および肝臓専門医が在籍し、日々勉学に努めることで正確な診断・治療を行えるよう努力を積み重ねています。患者様の訴えが、どのような「体の仕組み」で起きているのかを、身体診察、綿密な血液検査や超音波スクリーニング・必要に応じてCT等から論理的に解き明かし、正確な診断ならびに安全な治療管理プログラムをご提案します。当院の内科・発熱外来は土曜日の午後も17時まで診療を行っており、平日お忙しくて精密な健康管理や検査になかなか通えない患者様でも、週末にゆとりを持って専門医によるきめ細かなフォローアップを受けていただくことが可能です。神経変性疾患領域は当院医師の専門領域ではありませんが、勉強を積み上げることで自領域への応用や病態へのよりよいアプローチ法などのセンスを磨いております。
また、神経疾患や自己免疫疾患と向き合う上で、お口の中の衛生管理(歯科管理)は、見過ごされがちですが極めて重要な「防衛ライン」です。多発性硬化症のように免疫修飾薬や高力価免疫抑制療法(抗CD20抗体製剤やステロイド等)を使用している局面、あるいは手足の脱力や巧緻性障害によって日常のブラッシングが困難になる状態では、お口の中の自浄作用が低下し、重度の歯周病やプラークの蓄積(慢性炎症)を招きやすくなります。お口の中に慢性炎症が存在していると、食事の際の咀嚼(噛むこと)や毎日のハミガキといった些細な刺激によって、歯周ポケットの血管から大量の口腔内細菌が容易に血液中に侵入します(一過性菌血症)。健康な状態であれば免疫によって排除されますが、免疫修飾療法中の方、糖尿病などの持病をお持ちの方、あるいは高齢の患者様などの構造的な弱点(基質)がある状態では、血液に乗って流れてきたお口の細菌が肝臓や心臓の弁、人工関節などに定着し、重症の化膿性感染症や全身性敗血症を引き起こす直接の引き金(原因経路)となってしまいます。さらに、神経機能低下に伴う嚥下障害が生じた場合、お口の細菌を唾液とともに肺へ誤嚥することで「誤嚥性肺炎」を併発する危険性が跳ね上がります。当院の歯科は土曜日午後2時(14時)まで診療を行っており、医科と歯科が同じ電子カルテのもとで緊密に連携する「医科歯科連携治療」の強みを活かし、内科での全身管理と連動しながら、プロによる徹底的なお口の清掃(PMTCによるバイオフィルム除去)を提供します。体全体の入り口であるお口の細菌をきれいにリセットすることで、内科治療の安全性を飛躍的に高め、生涯にわたるお体の健康をトータルで支え抜きます。柏・我孫子エリアで手足のしびれや脱力、原因不明のだるさ、お口の乾きやトラブルにお悩みの方は、お気軽に当院までご相談ください。
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Stephen L. Hauser. “Advances in Multiple Sclerosis.” The New England Journal of Medicine. 2026; 395(1): 54-68.
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【執筆・監修医師プロフィール】
■ 福田 匡志(ふくた まさし)
成田赤十字病院 リウマチ膠原病内科部長 / 柏五味歯科・内科リウマチクリニック 医師。
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本リウマチ学会認定 リウマチ専門医。
■ 福田 涼子(ふくた りょうこ)
日本大学松戸歯学部歯内療法学講座兼任講師。
日本歯内療法学会専門医、日本歯科保存学会認定医。
■ 春原 優子(はるはら ゆうこ)
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本消化器病学会専門医、日本肝臓病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。
全国の患者様やご家族に向けて、関節リウマチ・膠原病・総合内科・消化器・歯科疾患を中心に全身に関する最新の医学論文や正しい知識を分かりやすく解説・発信しています。
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