- 2026年11月8日
64歳女性の記憶障害・転倒から判明した多発性硬化症|脳MRIのOpen-ring signと脳生検【NEJM 2026】
倦怠感と不眠から始まった神経症状。その背景に多数の脳白質病変が隠れていた
「最近、疲れやすい」「物忘れが増えた」「歩くとふらつく」。
こうした症状は、睡眠障害、ストレス、加齢、薬剤の影響など、さまざまな原因によって生じます。
しかし、短期間で症状が進行する場合には、脳の炎症、感染症、悪性腫瘍、自己免疫性疾患などを考える必要があります。
今回紹介するのは、64歳女性に倦怠感、記憶障害、歩行障害が出現し、頭部MRIで多数の異常病変が発見された症例です。
画像では脳腫瘍や感染症を疑わせるリング状造影病変が認められましたが、最終的には多発性硬化症(Multiple Sclerosis:MS)と診断されました。
2026年5月28日発行のNew England Journal of Medicineに掲載された、Massachusetts General Hospitalの症例検討です。
本症例は、特に次の点で重要です。
- 多発性硬化症は60歳以降にも発症することがある
- 脳MRIのリング状造影病変は悪性腫瘍や感染症だけを意味するわけではない
- Open-ring enhancementは脱髄性病変を示唆する重要な画像所見である
- 脳生検によって脱髄を確認しても、それだけで多発性硬化症と確定するわけではない
- 髄液検査と高度なMRI所見を組み合わせることで診断精度が高まる
今回は診断に至る過程を追いながら、腫瘤形成性脱髄(tumefactive demyelination)の病態と鑑別診断について解説します。
1.症例:64歳女性に出現した倦怠感と記憶障害
患者は64歳女性。
既往歴として、高血圧、甲状腺機能低下症、糖尿病前症、肥満がありました。
また、BRCA2病的バリアント保有者であり、悪性腫瘍に対する定期的なスクリーニングを受けていました。
発症3週間前:倦怠感が出現
患者は米国メイン州で夏季休暇を過ごしていた際に倦怠感を自覚しました。
湖の近くで屋外活動をしていましたが、明らかなダニ刺咬歴はありませんでした。
発症から約2週間後:疲労と睡眠障害が増悪
運転中に強い疲労を感じたため車を停め、夫に迎えを依頼しました。
救急外来で評価されましたが、血算、電解質、腎機能、肝機能、甲状腺機能、心筋トロポニンなどに明らかな異常はありませんでした。
ライム病の検査も陰性でした。
単純頭部CTでは、当初、明らかな異常は指摘されませんでした。
翌日のかかりつけ医受診では、倦怠感、不眠、記憶力低下、軽度のふらつきを訴えました。
不安症の可能性が考えられ、エスシタロプラムと必要時のラメルテオンが処方されました。
入院4日前:歩行障害と注意力低下
その後、歩行時のふらつきが出現し、集中力も低下しました。
神経学的診察では、指鼻試験は正確でしたが動作が遅く、左右の身体部位を指示どおりに触れる課題や暗算にも支障がみられました。
頭部CTでは、両側の皮質下白質に散在する低吸収域が認められました。
MRIが推奨されましたが、患者はこの時点では帰宅し、外来で検査を受けることになりました。
入院当日:転倒と失語様症状
患者は数日の間に2回転倒していました。
さらに、階段昇降時の不安定さや、言葉が出にくい症状も出現しました。
診察では軽度の注意障害、計算障害、左上肢の軽度の運動異常、右下肢の軽度筋力低下が認められました。
一方、意識は清明で、会話は成立し、介助なしで歩行できる状態でした。

図説:64歳女性における神経症状の進行と診断に至る経過。倦怠感から始まり、短期間で注意障害、歩行障害、転倒が出現した。頭部MRIで多数のリング状造影病変が認められ、感染症、悪性腫瘍、脱髄性疾患の鑑別が行われた。脳生検では脱髄病変が確認され、髄液オリゴクローナルバンドおよび追加MRI所見を総合して多発性硬化症と診断された。
2.頭部MRI:多数のリング状造影病変が発見された
頭部MRIでは、大脳半球の白質に多数の異常病変が認められました。
主な所見は以下のとおりです。
- 大脳テント上白質に多数のFLAIR高信号病変
- 病変内部のT2高信号
- 病変周囲のT2低信号リム
- 軽度の周囲浮腫
- 造影MRIでリング状増強効果
- 一部の病変にopen-ring enhancement
- 拡散制限なし
- 明らかな磁化率異常なし
リング状造影病変とは何か
造影MRIで病変の周囲が輪のように増強される所見を、リング状造影(ring enhancement)と呼びます。
この所見は、血液脳関門の破綻などを反映するもので、原因は一つではありません。
代表的な鑑別疾患には、以下があります。
- 転移性脳腫瘍
- 原発性脳腫瘍
- 脳膿瘍
- トキソプラズマ脳症
- 腫瘤形成性脱髄性病変
- 一部の炎症性・血管性疾患
そのため、リング状造影病変を見ただけで悪性腫瘍と診断することはできません。
本症例では多数の病変が存在しましたが、周囲浮腫は比較的軽度で、拡散制限も認めませんでした。
これらの所見は鑑別診断を進めるうえで重要でした。
3.Open-ring enhancement:脱髄を示唆するMRI所見
今回のMRIで特に注目されたのが、open-ring enhancementです。
通常のリング状造影では、造影される部分が病変をほぼ一周します。
一方、open-ring enhancementでは、リングの一部が途切れたような形になります。
腫瘤形成性脱髄では、このような不完全なリング状造影が認められることがあります。
なぜ脱髄性病変でopen-ring signが生じるのか
多発性硬化症では、免疫系が中枢神経の髄鞘(ミエリン)を障害します。
活動性の脱髄病変では、炎症に伴う血液脳関門の破綻が生じ、造影剤が病変の一部に集積します。
炎症の活動性や病変の進展方向が均一でないため、不完全なリング状造影として描出されることがあります。
Open-ring signは脱髄性病変を支持する所見ですが、単独で診断を確定することはできません。
Open-ring signの診断性能
本症例報告で引用された2018年の系統的レビュー・メタ解析では、腫瘤形成性脱髄病変におけるopen-ring signの統合出現割合は約35%でした。
一方、脳腫瘍との鑑別における統合特異度は95%を超えていました。
つまり、
- Open-ring signが認められれば脱髄性病変を強く疑う根拠になる
- しかし、脱髄性病変のすべてで認められるわけではない
- Open-ring signがないことを理由に脱髄性病変を否定することはできない
ということです。
なお、MRI所見は撮像条件や病変の活動性によって変化し、腫瘍性病変などとの所見の重複もあります。
したがって、画像所見だけでなく、臨床経過、髄液検査、全身検索などを統合する必要があります。

図説:64歳女性に認められた多発性脳白質病変。単純CTでは散在性の白質低吸収域を認め、MRIのFLAIR・T2強調画像では周囲に軽度の浮腫を伴う多発性白質病変が確認された。造影MRIでは主にリング状増強効果を示し、一部の病変ではリングが不完全となるopen-ring enhancementを認めた。この所見は腫瘤形成性脱髄を示唆するが、悪性腫瘍や感染症などとの鑑別が必要である。画像出典:Bhattacharyya S, et al. N Engl J Med. 2026;394:2041–2050. DOI: 10.1056/NEJMcpc2517865.
4.鑑別診断:なぜ脳腫瘍や感染症ではなかったのか
この症例では、感染症、悪性腫瘍、血管性疾患、免疫介在性疾患が検討されました。
① 脳膿瘍・感染症
細菌性脳膿瘍では、典型的には拡散強調画像で強い拡散制限が認められます。
本症例では、多数のリング状造影病変のいずれにも明らかな拡散制限がありませんでした。
また、発熱、白血球増多、炎症反応上昇も認められませんでした。
そのため、細菌性脳膿瘍の可能性は低いと判断されました。
ただし、これらの所見だけですべての感染症を完全に除外できるわけではありません。
真菌感染症、寄生虫感染症、JCウイルス感染症なども鑑別に含まれました。
② 転移性脳腫瘍
患者はBRCA2病的バリアントを保有しており、乳がんなどの悪性腫瘍の発症リスクが高い状態でした。
また、過去のCT検査では右下葉に5mmの肺結節が認められていました。
そのため、転移性脳腫瘍は重要な鑑別診断でした。
しかし、今回の病変には以下の特徴がありました。
- 多数の病変の割に神経症状が比較的軽い
- 灰白質と白質の境界部に病変が集中していない
- 周囲浮腫が軽度
- Open-ring enhancementを伴う
これらは典型的な脳転移とは異なる所見でした。
全身CTでは、肺結節は6か月前と比較して不変でした。
また、全身FDG-PETでも明らかな活動性悪性腫瘍は確認されませんでした。
脳転移では、原発腫瘍の種類や病変の分布、造影パターンなどが診断の手がかりになります。具体的な画像所見については、肺がん脳転移のCT・MRI所見を解説した症例も参考になります。
③ 中枢神経原発悪性リンパ腫
原発性中枢神経リンパ腫も多発性脳病変の原因となります。
免疫機能が保たれた成人では、比較的均一な造影効果や拡散制限を伴うことが多いとされています。
本症例のMRI所見は典型的ではありませんでしたが、画像だけで完全に除外することはできませんでした。
④ 血管炎・血栓性疾患
中枢神経血管炎、抗リン脂質抗体症候群、感染性心内膜炎などでも、多発性の脳病変が生じることがあります。
しかし、本症例のMRIでは、異なる時期に形成された多数の虚血性梗塞を示唆する典型的所見がありませんでした。
また、明らかな全身性炎症所見もありませんでした。
したがって、血管性疾患の可能性は相対的に低いと考えられました。
ただし、原発性中枢神経血管炎は画像所見が多彩であり、完全には除外できない段階でした。
高齢者の認知機能障害や歩行障害では、脳血管性疾患も重要な鑑別となります。脳アミロイドアンギオパチー(CAA)のMRI診断と治療では、微小出血や炎症関連病変について解説しています。
⑤ 免疫介在性脱髄疾患
MRI所見と臨床経過から、脱髄性疾患が有力な候補となりました。
主な鑑別疾患は次のとおりです。
- 多発性硬化症(MS)
- MOG抗体関連疾患(MOGAD)
- 視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)
- 急性散在性脳脊髄炎(ADEM)
さらに、神経サルコイドーシスなどの炎症性疾患も鑑別に含まれました。
神経サルコイドーシスについては、サルコイドーシスの最新診断と治療2026でも、全身性疾患としての臓器評価と診断の考え方を解説しています。
5.髄液検査と全身検索:脱髄疾患を疑う根拠
入院後、追加検査が実施されました。
髄液検査
腰椎穿刺では、以下の結果が得られました。
- 初圧:21 cmH₂O
- 細胞数:6~9/μL
- リンパ球比率:95%
- 糖:62 mg/dL
- 総蛋白:57 mg/dL
軽度のリンパ球優位の細胞増多と蛋白上昇が認められました。
一方、グラム染色で微生物は確認されず、トキソプラズマ抗体検査は陰性でした。
髄液細胞診では悪性細胞は認められず、MYD88変異の検査も陰性でした。
MOG抗体・AQP4抗体
血液検査では、MOG抗体およびAQP4抗体が陰性でした。
これらの結果は、MOGADやAQP4抗体陽性NMOSDの可能性を低くするものでした。
ただし、抗体検査陰性のみですべての関連疾患を否定できるわけではありません。
脊髄MRI・FDG-PET
頸髄・胸髄MRIでは明らかな脊髄病変を認めませんでした。
FDG-PETでは、大脳白質の既知病変に一致する集積がみられましたが、全身に明らかな悪性腫瘍を示唆する集積は認められませんでした。
これらの検査を総合しても、脱髄疾患と悪性腫瘍の鑑別には不確実性が残りました。
そのため、診療チームは脳生検を実施する方針としました。
6.脳生検:髄鞘の脱落と軸索の温存が診断の決め手に
右前頭葉の複数の病変から脳組織が採取されました。
病理検査では、以下の所見が認められました。
① マクロファージの著明な浸潤
HE染色では、病変内に多数のマクロファージと小型リンパ球が認められました。
CD68免疫染色では、マクロファージの集積が確認されました。
② 髄鞘の脱落
Luxol fast blue染色では、病変内で髄鞘が著明に減少していました。
Luxol fast blueは髄鞘を染色する方法であり、脱髄病変を確認するために用いられます。
③ 軸索の相対的な温存
神経フィラメントに対する免疫染色では、髄鞘が失われた領域にも軸索が比較的保たれていました。
これは重要な所見です。
脱髄性疾患では、神経線維を取り囲む髄鞘が主に障害されます。
一方、壊死性・破壊性病変では、髄鞘だけでなく軸索にも高度な障害が生じることがあります。
したがって、髄鞘脱落と軸索の相対的温存の組み合わせは、脱髄を支持する病理所見です。
ただし、脱髄性疾患でも軸索障害が生じ得るため、「軸索は完全に正常に保たれる」という意味ではありません。
④ 悪性腫瘍・血管炎・感染症を支持する所見なし
病変内にはCD3陽性Tリンパ球が主体の炎症細胞浸潤が認められました。
CD20陽性Bリンパ球は少数で、主に血管周囲に存在していました。
悪性腫瘍を示す所見はなく、血管壁への炎症性浸潤や血管炎も確認されませんでした。
また、JCウイルス関連病変を評価するSV40抗原染色、真菌染色、その他の感染症関連検査も陰性でした。
以上より、病理診断は急性脱髄性病変となりました。
重要なのは、この段階で確定したのは「脱髄性病変」であり、「多発性硬化症」という疾患名そのものではないことです。
多発性硬化症、MOGAD、NMOSDなどを区別するには、臨床経過や追加検査を総合する必要があります。

図説:脳生検における急性脱髄病変の病理所見。HE染色ではマクロファージとリンパ球を主体とする炎症細胞浸潤を認め、CD68免疫染色では多数のマクロファージが確認された。Luxol fast blue染色では髄鞘の著明な脱落を認める一方、神経フィラメント免疫染色では軸索が相対的に温存されていた。これらの所見は急性脱髄性病変に合致する。悪性腫瘍や血管炎を支持する所見は認められなかった。画像出典:Bhattacharyya S, et al. N Engl J Med. 2026;394:2041–2050. DOI: 10.1056/NEJMcpc2517865.
7.最終診断:腫瘤形成性脱髄を伴う高齢発症多発性硬化症
本症例では、2cm以上の腫瘤状脱髄病変を伴う腫瘤形成性脱髄(tumefactive demyelination)と判断されました。
腫瘤形成性脱髄は、画像上、脳腫瘍に類似した大きな脱髄病変を形成する病態です。
ただし、腫瘤形成性脱髄は単一の疾患名ではありません。
その背景には、多発性硬化症、MOGADなど、さまざまな脱髄性疾患が存在します。
原著で引用された257例の後ろ向きコホート研究では、腫瘤形成性脱髄の患者のうち、約70%が腫瘤形成性MS、5%がMOGAD、24%が原因未確定の腫瘤形成性脱髄に分類されました。
この割合は当該コホートの結果であり、すべての患者集団にそのまま適用できるものではありません。
髄液オリゴクローナルバンド
その後、髄液検査で8本の髄液特異的オリゴクローナルバンド(OCB)が確認されました。
また、髄液中の遊離κ軽鎖も上昇していました。
OCBは、中枢神経内で免疫グロブリンが産生されていることを示す重要な指標です。
多発性硬化症の診断を支持しますが、MSだけに特異的な所見ではありません。
7T MRIによるcentral vein sign
初診から約7週間後、7テスラMRIによる追加評価が実施されました。
病変の造影効果や浮腫は軽減していました。
さらに、多数の深部白質病変および脳室周囲病変の内部に、中心静脈が走行する所見が確認されました。
これをcentral vein sign(中心静脈徴候)と呼びます。
多発性硬化症の病変は、細い静脈の周囲に形成されることが多く、MRIで病変中央を静脈が走るように見える場合があります。
Central vein signは多発性硬化症を支持する画像バイオマーカーです。
一方、本症例ではparamagnetic rim lesion(常磁性リム病変)は認められませんでした。

図説:初診から約7週間後に撮影された7T MRI。FLAIR画像とT2*強調画像を重ね合わせることで、深部白質および脳室周囲白質の多数の病変内部に中心静脈が確認された(矢印)。このcentral vein signは多発性硬化症を支持する画像バイオマーカーである。本症例では髄液特異的オリゴクローナルバンドなどの所見と合わせて診断に寄与した。なお、paramagnetic rim lesionは認められなかった。画像出典:Bhattacharyya S, et al. N Engl J Med. 2026;394:2041–2050. DOI: 10.1056/NEJMcpc2517865.
2024年改訂McDonald診断基準
2024年改訂McDonald診断基準では、従来の臨床所見やMRIによる病変分布に加え、central vein sign、paramagnetic rim lesion、髄液遊離κ軽鎖などが診断を支持する所見として組み込まれました。
ただし、これらの所見は単独で一律にMSを確定するものではなく、診断基準で定められた条件と組み合わせて解釈します。
本症例では、
- 臨床経過
- 多発性白質病変
- 脳生検による脱髄の確認
- MOG抗体・AQP4抗体陰性
- 髄液特異的OCB陽性
- Central vein sign陽性
- 腫瘍・感染症などの代替診断を支持する所見がないこと
を総合し、2024年改訂McDonald診断基準に基づいて多発性硬化症と診断されました。
8.治療:ステロイドパルス療法から抗CD20抗体へ
腫瘤形成性脱髄の急性期治療では、高用量の静注メチルプレドニゾロンが第一選択として用いられます。
本症例でもステロイド治療後に神経症状が改善しました。
重症例やステロイド反応不十分例では、血漿交換療法などが検討されます。
ただし、治療選択は病変の重症度、原因疾患、臨床経過に応じて異なります。
高齢発症MSにおける治療選択
多発性硬化症は若年成人に多い疾患ですが、50歳以降に発症する症例もあります。
原著では、60歳を超えて診断されるMS症例は約1%とされています。
高齢発症MSでは、若年発症例と比較して運動障害が目立ち、進行性の経過を示すリスクが高いことが報告されています。
一方、高齢患者では免疫老化や併存疾患により、免疫抑制・免疫調整療法に伴う感染症リスクにも注意が必要です。
本症例では、病変の多さと疾患活動性を考慮し、患者と十分に話し合ったうえで、高効力の疾患修飾薬を選択しました。
使用されたのは、抗CD20モノクローナル抗体であるublituximabです。
抗CD20抗体はB細胞を標的とし、多発性硬化症の炎症活動性を抑制する治療薬です。
本症例での選択は、疾患活動性、年齢、感染症リスクを踏まえた個別判断であり、すべての高齢発症MS患者に同じ薬剤を推奨するものではありません。
治療後の経過
治療開始から約1か月後、認知機能は正常化しました。
新たな局所神経症状は認められませんでした。
ただし、強い倦怠感は持続していました。
神経学的診察では、継ぎ足歩行の障害が残存しました。
EDSS(Expanded Disability Status Scale)は1.0でしたが、治療前のスコアがないため、EDSSによる改善幅は評価できません。
また、この症例報告には、長期的な再発率や障害進行についての十分な追跡結果は示されていません。
9.この症例から学ぶ5つの重要なポイント
① 倦怠感や記憶障害を非特異的症状だけで説明しない
倦怠感、不眠、物忘れは日常診療でよくみられます。
しかし、本症例のように短期間で歩行障害、転倒、注意障害などが加わる場合には、器質的な神経疾患を積極的に検討する必要があります。
特に症状が進行性であることが重要です。
② 病変数と神経症状の重症度は必ずしも一致しない
本症例では多数の脳白質病変が認められましたが、患者は意識清明で、介助なしで歩行できる状態でした。
画像上の病変の多さに比べて神経症状が比較的軽度である場合、破壊性病変だけでなく、脱髄性疾患などの浸潤性・炎症性病変も考える必要があります。
ただし、この不一致だけで脱髄疾患と判断することはできません。
③ Open-ring signは脱髄性病変を疑う重要な手がかり
リング状造影病変では、脳腫瘍や感染症が重要な鑑別となります。
しかし、リングの一部が途切れたopen-ring enhancement、軽度の周囲浮腫、拡散制限の欠如などが組み合わさる場合には、腫瘤形成性脱髄を考慮する必要があります。
④ 脳生検は診断の不確実性が残る場合に重要となる
本症例では画像所見から脱髄が疑われたものの、悪性腫瘍を十分に除外できませんでした。
そのため、多職種で検討したうえで脳生検が実施されました。
病理検査で髄鞘の脱落と軸索の相対的な温存が確認されたことが、診断の大きな転機となりました。
一方、脳生検には合併症の危険もあるため、すべての脱髄疑い症例に必要な検査ではありません。
⑤ MS診断はMRI・髄液・臨床経過を総合して判断する
2024年改訂McDonald診断基準では、central vein signや髄液遊離κ軽鎖など、新しい診断指標が取り入れられました。
これらの指標は診断の確実性を高める一方、悪性腫瘍、感染症、他の自己免疫性疾患を適切に鑑別することが不可欠です。
まとめ
今回のNEJM症例は、64歳女性の倦怠感、記憶障害、歩行障害から、多数の脳白質病変が発見され、最終的に多発性硬化症と診断された症例でした。
特に重要だったのは、頭部MRIのopen-ring enhancement、脳生検で確認された髄鞘脱落と軸索の相対的温存、髄液特異的オリゴクローナルバンド、central vein signです。
本症例は、リング状造影病変が必ずしも悪性腫瘍や感染症を意味しないことを示しています。
同時に、画像上で脱髄が疑われても、悪性腫瘍や感染症などの代替診断を慎重に検討する必要があることも教えてくれます。
高齢であっても多発性硬化症は発症し得ること、そして診断では年齢や単一のMRI所見に依存せず、臨床経過、画像、髄液、必要に応じた病理所見を統合することが重要です。
※本記事は医学論文の症例を教育目的で解説したものです。実際の診断や治療は個々の患者さんの状態に応じて判断されます。
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参考文献
1. Bhattacharyya S, Cartmell SCD, Hung AY, Bilodeau PA, Conner EC. Case 15-2026: A 64-Year-Old Woman with Fatigue, Memory Changes, and Falls. N Engl J Med. 2026;394:2041–2050.
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【本記事の執筆・医学監修】
■ 福田 匡志(ふくた まさし)
成田赤十字病院 リウマチ膠原病内科部長 / 柏五味歯科内科リウマチクリニック 医師
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本リウマチ学会認定 リウマチ専門医
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