- 2026年9月13日
【NEJM2026・IgA腎症】補体B因子阻害薬イプタコパン|APPLAUSE-IgAN最終24か月データでeGFR低下を約48%抑制
IgA腎症の炎症を増幅する「補体代替路」を選択的に抑える新しい治療戦略。第3相APPLAUSE-IgAN試験の最終24か月解析で、イプタコパンは標準的な支持療法を受けているIgA腎症患者において、蛋白尿の減少だけでなく、長期的な腎機能低下そのものを有意に緩徐化しました。
IgA腎症(IgA nephropathy:IgAN)は、世界で最も頻度の高い免疫介在性糸球体疾患の一つです。
血尿や蛋白尿だけで長期間自覚症状がないことも珍しくありませんが、一部の患者さんでは腎機能が徐々に低下し、長期的に腎不全へ進行する可能性があります。
IgA腎症の病態は単一の異常によって説明されるものではありません。
現在は、
- ガラクトース欠損IgA1(Gd-IgA1)の増加
- Gd-IgA1に対する自己抗体の形成
- IgAを含む免疫複合体の形成・糸球体への沈着
- 補体系の活性化
- 糸球体炎症・線維化
という複数段階の「multi-hit mechanism」で理解されています。
その中でも近年、大きく注目されているのが補体代替路(alternative complement pathway)です。
IgA腎症では糸球体へのC3沈着が高頻度に認められ、補体活性化の程度は組織障害や腎予後と関連することが報告されています。
こうした病態を標的として開発された薬剤の一つが、補体B因子阻害薬イプタコパン(iptacopan)です。
2026年7月30日号の『The New England Journal of Medicine(NEJM)』に、第3相APPLAUSE-IgAN試験の最終24か月解析が報告されました。
この結果は、イプタコパンが蛋白尿を減らすだけでなく、IgA腎症における長期的な腎機能低下を緩徐化する可能性を示す重要なエビデンスです。

イプタコパンはどのように補体代替路を抑えるのか?
補体代替路では、補体B因子(factor B)が重要な役割を担っています。
B因子が活性化されると、その一部であるBbがC3bと結合してC3転換酵素(C3bBb)を形成します。
これによって補体反応が増幅され、
C3活性化 → 炎症反応 → 糸球体障害
という連鎖が進みます。
イプタコパンはB因子を選択的に阻害することで、この補体代替路の増幅回路を抑制する経口低分子薬です。
重要なのは、IgA腎症そのものを「補体だけの病気」と考えるのではなく、
IgA免疫複合体によって始まった炎症を補体代替路が増幅する
という位置づけです。


APPLAUSE-IgAN試験とは?
APPLAUSE-IgAN試験は、国際共同第3相二重盲検ランダム化比較試験です。
対象となったのは、生検でIgA腎症と診断され、支持療法を受けているにもかかわらず、
- eGFR 30 mL/min/1.73 m²以上
- 24時間尿蛋白/クレアチニン比(UPCR)1.0 g/g以上
の蛋白尿が残っている成人患者です。
最終解析には477人が含まれ、
- イプタコパン200 mg 1日2回:238人
- プラセボ:239人
に無作為に割り付けられました。
主要評価項目は、24か月間における年間総eGFRスロープでした。
つまり、
「蛋白尿が減ったか」だけではなく、「実際に腎機能が低下する速度を遅らせられたか」
を評価した試験です。


1.eGFR低下速度を約48%抑制
24か月間の年間総eGFRスロープは、
- イプタコパン群:−3.10 mL/min/1.73 m²/年
- プラセボ群:−6.12 mL/min/1.73 m²/年
でした。
群間差は、
3.02 mL/min/1.73 m²/年
であり、統計学的にも有意でした。
これは、プラセボ群と比較してイプタコパン群では、eGFR低下速度がおよそ48~50%緩徐化したことを意味します。
IgA腎症の治療において、蛋白尿低下は非常に重要な指標ですが、最終的に患者さんにとって重要なのは、
「腎臓の機能をできるだけ長期間維持できるか」
です。
今回の24か月データは、その点を直接評価したという意味で非常に重要です。


2.複合腎エンドポイントも43%低下
副次評価項目として、
- eGFRが30%以上持続的に低下
- eGFR 15 mL/min/1.73 m²未満への持続的低下
- 維持透析開始
- 腎移植
- 腎不全による死亡
のいずれかを満たす複合腎エンドポイントが評価されました。
その発生率は、
- イプタコパン群:21.4%
- プラセボ群:33.5%
でした。
ハザード比は、
0.57(95%信頼区間 0.40~0.81)
であり、イプタコパン群では複合腎エンドポイントのリスクが43%低下しました。
ただし、ここでいう「43%低下」は、透析導入だけを43%減らしたという意味ではありません。
eGFRの持続的低下などを含めた複合評価項目全体に対する相対リスク低下である点には注意が必要です。

3.蛋白尿改善効果は早期から認められ、その後も持続
APPLAUSE-IgAN試験では、先行する9か月解析ですでに、イプタコパンによって24時間UPCRがプラセボと比較して有意に低下することが示されていました。
今回の24か月最終解析によって、
蛋白尿を減らす効果だけでなく、その先にある腎機能低下の緩徐化まで確認された
ことが重要です。
IgA腎症治療では、蛋白尿は単なる「検査値」ではありません。
持続する蛋白尿は糸球体障害や腎機能低下リスクと密接に関連するため、
蛋白尿を可能な限り減らしながら、eGFR低下速度そのものを抑える
ことが現在の治療目標となっています。

4.安全性―特に注意すべきなのは重症感染症
24か月間の有害事象発現率は、
- イプタコパン群:87.0%
- プラセボ群:89.1%
で、全体として大きな差はありませんでした。
重篤な有害事象も、
- 12.2%
- 11.7%
とほぼ同程度でした。

一方、重要な注意点があります。
重症感染症はイプタコパン群6.7%、プラセボ群2.1%と、イプタコパン群で多く認められました。
補体系は細菌感染から体を守る自然免疫の一部でもあるため、補体を阻害すると、特に
- 肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)
- 髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)
- インフルエンザ菌b型(Haemophilus influenzae type b)
などの莢膜をもつ細菌による重篤な感染症に注意する必要があります。
補体阻害薬を使用する際には、適切なワクチン接種歴の確認、必要なワクチン接種、そして治療中の感染症状の早期発見が極めて重要です。

APPLAUSE-IgAN試験が示した本当の意味
今回の研究結果で重要なのは、
「IgA腎症では補体代替路が病態に関与している」という病態生理学的仮説が、長期的な腎機能アウトカムの改善として臨床試験でも裏付けられた
ことです。
IgA腎症の治療は、以前のように「血圧を下げて経過を見る」だけの時代から大きく変化しています。
現在は、
① 残存ネフロンを守る
RAS阻害薬やSGLT2阻害薬などを用いて、糸球体内圧や過剰濾過を抑える。
② 蛋白尿をできるだけ減らす
蛋白尿そのものを重要な治療目標として管理する。
③ 免疫・炎症経路を標的とする
患者さんの病態やリスクに応じて、IgA産生、免疫反応、補体系などを標的とした治療を検討する。
という、複数の病態を同時に考える治療戦略へ進んでいます。
イプタコパンは、このうち補体代替路という炎症増幅経路を標的とする治療です。

日本ではIgA腎症に対して未承認です
非常に重要な点として、2026年9月現在、イプタコパンは日本ではIgA腎症に対して承認されていません。
APPLAUSE-IgAN試験は将来の治療戦略を考えるうえで重要な研究ですが、この記事はイプタコパンの国内での使用を推奨するものではありません。
実際のIgA腎症治療は、
- 蛋白尿
- eGFR
- 血圧
- 腎生検所見
- 年齢
- 合併症
- これまでの治療
- 将来的な腎不全リスク
などを総合して決定する必要があります。
治療方針については腎臓内科専門医と相談することが重要です。
まとめ
APPLAUSE-IgAN試験の24か月最終解析では、イプタコパンによって、
- 年間eGFR低下速度が約48~50%緩徐化
- 年間eGFRスロープ差 3.02 mL/min/1.73 m²
- 複合腎エンドポイントのリスクが43%低下
- 蛋白尿低下効果が持続
することが示されました。
一方で、補体阻害に伴う重症感染症への注意も必要です。
IgA腎症は、Gd-IgA1、自己抗体、免疫複合体、補体、糸球体炎症・線維化が複雑に関与する疾患です。
今回の結果は、その病態の一部である補体代替路を選択的に標的とすることで、腎機能低下そのものを緩徐化できる可能性を示した重要な研究といえます。

クリニックからのメッセージ
IgA腎症を含む慢性腎臓病では、初期には自覚症状がほとんどないことも珍しくありません。
そのため、
- 尿蛋白
- 尿潜血
- 血清クレアチニン
- eGFR
- 血圧
などを1回の値だけで判断するのではなく、時間経過に沿って「点から線」で評価することが重要です。
当院では総合内科専門医・リウマチ専門医、消化器・肝臓専門医が連携し、健康診断などで指摘された蛋白尿・血尿・腎機能低下について評価を行っています。
IgA腎症を疑う場合や、腎生検・専門的治療が必要と考えられる場合には、適切な腎臓内科専門医・専門医療機関と連携して診療を進めます。
また、慢性腎臓病をお持ちの方では、全身管理の一環として口腔内の健康を維持することも大切です。
歯周病をはじめとする慢性口腔感染症は、一過性菌血症や全身性炎症との関連が知られているため、必要に応じて歯科と医科が情報を共有しながら治療を行うことには意義があります。
ただし、PMTCや歯周病治療によってIgA腎症そのものの進行を抑制できることが確立しているわけではありません。
当院では医科と歯科が同一施設内で診療している利点を生かし、基礎疾患や使用薬剤を共有しながら、安全な歯科治療・口腔管理につなげています。
受診をご希望の方へ
👉 【医科】アレルギー膠原病リウマチ内科・総合内科・発熱外来・蛋白尿・血尿・腎機能異常・生活習慣病・各種血液/尿検査など
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参考文献
Barratt J, Eren N, Kashihara N, et al.; APPLAUSE-IgAN Study Group.
Iptacopan in IgA Nephropathy — Final 24-Month Data.
N Engl J Med. 2026;395(5):465-477.
doi:10.1056/NEJMoa2600743
Perkovic V, Barratt J, Rovin B, et al.; APPLAUSE-IgAN Investigators.
Alternative Complement Pathway Inhibition with Iptacopan in IgA Nephropathy.
N Engl J Med. 2025;392:531-543.
doi:10.1056/NEJMoa2410316
KDIGO.
KDIGO 2025 Clinical Practice Guideline for the Management of Immunoglobulin A Nephropathy and Immunoglobulin A Vasculitis.
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慢性疾患をお持ちの方にとっても口腔内感染症を適切に管理することは重要です。当院では医科と歯科で全身状態や使用薬剤を共有しながら、安全な歯科治療と口腔管理を行っています。
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腎臓病は、自覚症状がないまま進行することがあります。
尿蛋白、尿潜血、クレアチニン、eGFRを一度の検査結果だけで判断するのではなく、過去から現在までの変化を「点から線」で確認することが早期発見の重要な手がかりになります。

【執筆・監修医師プロフィール】
■ 福田 匡志(ふくた まさし)
成田赤十字病院 リウマチ膠原病内科部長 / 柏五味歯科・内科リウマチクリニック 医師。
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本リウマチ学会認定 リウマチ専門医。
■ 福田 涼子(ふくた りょうこ)
日本大学松戸歯学部歯内療法学講座兼任講師。
日本歯内療法学会専門医、日本歯科保存学会認定医。
■ 春原 優子(はるはら ゆうこ)
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本消化器病学会専門医、日本肝臓病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。
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