- 2026年9月13日
【NEJM2026】選択的NaV1.8阻害薬LTG-001は術後急性痛をどこまで抑えたか?第2b相RCTでSPID48改善とオピオイド節減効果
末梢の「痛みの電気信号」を選択的に抑える、新しい非オピオイド鎮痛薬
手術後の急性疼痛管理では、モルヒネ、オキシコドン、ヒドロコドンなどのオピオイド鎮痛薬が重要な役割を担っています。
一方で、
- 悪心・嘔吐
- 便秘
- 眠気
- 呼吸抑制
- 長期使用に伴う依存・乱用
などが問題となることがあります。
NSAIDsやアセトアミノフェンも術後疼痛管理に広く使用されていますが、中等度から重度の痛みでは、それだけで十分な鎮痛が得られないこともあります。
そこで近年注目されているのが、
「痛みの信号が脳へ到達する前に、末梢神経で電気信号そのものを弱める」
という新しい治療戦略です。
2026年7月、医学誌『The New England Journal of Medicine(NEJM)』に、選択的NaV1.8阻害薬 LTG-001 を用いた第2b相ランダム化比較試験が報告されました。
LTG-001は現在、onzotrigine(オンゾトリジン)という名称でも開発が進められている治験薬です。

NaV1.8とは?「痛みの電気信号」を作る末梢神経のナトリウムチャネル
痛みは単なる「感覚」ではありません。
皮膚や筋肉、関節、内臓などに損傷が生じると、末梢の痛覚受容器(nociceptor)が刺激され、電気信号が発生します。
その信号が、
末梢神経 → 脊髄 → 脳
へ伝わることで、私たちは「痛い」と認識します。
この電気信号の発生と伝導に重要な役割を果たしているのが、電位依存性ナトリウムチャネルです。
その中でも NaV1.8 は、主に末梢の感覚神経、特に痛覚を伝える侵害受容ニューロンや後根神経節(DRG)に発現しています。
LTG-001はこのNaV1.8を選択的に阻害することで、末梢神経から脊髄へ向かう痛みの電気信号を弱めることを目的として開発されています。
オピオイド受容体を介して中枢神経系へ作用する従来のオピオイドとは、作用点が大きく異なります。

1.343人を対象とした第2b相ランダム化比較試験
今回のLTG-001-010試験では、米国4施設において腹壁形成術(abdominoplasty)を受けた18〜65歳の患者343人が登録されました。
術後に中等度から重度の疼痛を認めた患者を、1:1:1:1で4群に無作為化しています。
LTG-001低用量群:85人
- 初回300 mg
- その後150 mgを12時間ごと
LTG-001高用量群:86人
- 初回450 mg
- その後300 mgを12時間ごと
ヒドロコドン/アセトアミノフェン群:86人
- ヒドロコドン5 mg
- アセトアミノフェン325 mg
- 6時間ごと
プラセボ群:86人
48時間にわたり投薬され、ダブルダミー法によって二重盲検が維持されました。

2.主要評価項目「SPID48」とは?
主要評価項目は、
SPID48(48時間にわたるPain Intensity Differenceの時間加重和)
でした。
簡単にいうと、
「薬を飲んだあと、48時間にわたり、どの程度・どれくらい長く痛みが改善したのか」
を一つの数値にまとめた指標です。
今回の試験では0〜10点のNumeric Pain Rating Scale(NPRS)が使用され、SPID48は数値が大きいほど、48時間を通した鎮痛効果が大きかったことを示します。
3.高用量LTG-001ではSPID48が185.30
SPID48の最小二乗平均値は次のようになりました。
- LTG-001高用量群:185.30
- LTG-001低用量群:161.05
- ヒドロコドン/アセトアミノフェン群:164.08
- プラセボ群:123.22
プラセボとの差は、
LTG-001低用量
+37.82
P=0.003
LTG-001高用量
+62.08
P<0.001
でした。
つまり、低用量・高用量のいずれにおいても、LTG-001はプラセボより48時間を通じた疼痛軽減効果が有意に大きい結果となりました。

4.高用量ではレスキューオピオイド使用量も減少
今回の研究で特に興味深いのが、
「痛みが減ったか」だけではなく、「追加のオピオイドがどれだけ必要だったか」
まで評価している点です。
疼痛が十分にコントロールできない場合には、レスキュー薬としてオキシコドンの使用が認められていました。
48時間に使用されたレスキューオピオイド量をモルヒネ換算量(MME)で比較すると、
- プラセボ群:18.35 MME
- LTG-001高用量群:11.00 MME
でした。
高用量LTG-001ではプラセボと比較してレスキューオピオイド使用量が有意に少なくなりました。
P=0.01
一方、低用量群では、オピオイド総使用量の減少について統計学的有意差は示されませんでした。
したがって、
「オピオイド使用量そのものを有意に減らした」という結果は、高用量群で確認された
と理解するのが正確です。
5.約半数が48時間「レスキューオピオイド不要」
さらに注目されたのが、
48時間にわたってレスキューオピオイドを一度も必要としなかった患者の割合
です。
LTG-001高用量群
52%
LTG-001低用量群
49%
プラセボ群
22%
でした。
高用量群では、約2人に1人が48時間にわたり追加のオピオイドを必要としませんでした。
これはNaV1.8阻害薬が単に痛みのスコアを改善するだけでなく、
術後のオピオイド曝露そのものを減らせる可能性
を示唆する重要な結果です。
ただし、これは48時間という短期間の術後疼痛モデルで得られた結果であり、長期的なオピオイド使用や依存リスクを減少させることまで今回の試験で証明されたわけではありません。

6.意味のある疼痛軽減は約52分で出現
鎮痛薬では、
「どれだけ効くか」
だけでなく、
「どれくらい早く効くか」
も重要です。
NPRSが2点以上低下するまでの時間は、
- LTG-001高用量:約52分
- LTG-001低用量:約60分
- ヒドロコドン/アセトアミノフェン:約83分
- プラセボ:約88分
でした。
LTG-001では、約1時間以内に臨床的に意味のある疼痛軽減が観察されました。
ただし、ここで重要な注意点があります。
高用量LTG-001群のSPID48はヒドロコドン/アセトアミノフェン群より数値上大きく、疼痛軽減までの時間も短くみえます。
しかし今回の試験から、
「LTG-001はヒドロコドン/アセトアミノフェンより優れている」
と直接結論づけることは適切ではありません。
本試験の主要な有効性比較はLTG-001とプラセボとの比較であり、アクティブ対照薬に対する優越性を確立することを目的とした試験ではないためです。
この区別は、新薬の臨床試験を読むうえで非常に重要です。
7.悪心・嘔吐はLTG-001群で少なかった
治療期間中に悪心または嘔吐を認めた割合は、
- LTG-001低用量:14%
- LTG-001高用量:16%
- プラセボ:29%
- ヒドロコドン/アセトアミノフェン:約31%
でした。
特にオピオイドでは悪心・嘔吐が臨床上大きな問題となるため、末梢神経を標的とする非オピオイド鎮痛薬が十分な鎮痛効果を持つことができれば、術後疼痛管理の選択肢を広げる可能性があります。

8.安全性:発熱と前失神には今後も注意が必要
全有害事象の発現率は、
- LTG-001高用量:50%
- LTG-001低用量:62%
- ヒドロコドン/アセトアミノフェン:63%
- プラセボ:65%
でした。
多くは軽度から中等度でした。
一方、高用量LTG-001群では、
発熱
7% vs プラセボ2%
前失神(presyncope)
約6% vs プラセボ1%
と、プラセボより多く認められました。
研究者判定では多くが治療薬との関連性なしと判断されていますが、343人・48時間という比較的小規模かつ短期間の試験だけでは、まれな副作用や長期安全性を十分に評価することはできません。
今後、より大規模な第3相試験での確認が必要です。

9.なぜNaV1.8阻害薬が注目されているのか
今回の研究が重要なのは、新しい鎮痛薬が一つ増える可能性がある、というだけではありません。
疼痛治療の発想そのものが変わりつつあることを示しています。
従来のオピオイドは主として中枢神経系のオピオイド受容体に作用します。
一方、NaV1.8阻害薬は、
末梢の痛覚神経で痛みの電気信号が生まれ、伝わっていく段階
を標的とします。
つまり、
「脳で痛みの感じ方を変える」のではなく、「末梢から上がってくる痛みの信号そのものを弱める」
というアプローチです。
LTG-001は前臨床試験で末梢神経への分布が確認され、脳への移行は限定的であることが報告されています。
この末梢選択性は、NaV1.8阻害薬が非オピオイド鎮痛薬として期待される理由の一つです。
ただし、
「中枢移行が少ない=依存やすべての中枢神経系副作用が絶対に起こらない」
という意味ではありません。
市販後を含む十分な規模の安全性データが蓄積されるまでは、慎重な評価が必要です。
10.今回の研究から何が分かり、何がまだ分からないのか
今回の第2b相試験からは、
- LTG-001は腹壁形成術後の中等度〜重度急性痛において、プラセボよりSPID48を有意に改善した
- 高用量群ではレスキューオピオイド使用量が有意に減少した
- 高用量群の約52%が48時間レスキューオピオイドを必要としなかった
- 約1時間以内という比較的速い疼痛軽減が観察された
- 悪心・嘔吐はLTG-001群で少なかった
ことが示されました。
一方で、
- ヒドロコドン/アセトアミノフェンに対する優越性
- 他の手術や外傷でも同じ効果が得られるか
- 高齢者や多数の併存疾患を持つ患者での有効性・安全性
- 数日〜数週間使用した場合の安全性
- まれな有害事象
- 実臨床でオピオイド関連有害事象や依存をどの程度減らせるか
については、まだ確立していません。
「非常に有望な第2b相試験」ではありますが、「新しい標準治療が確立した」と評価する段階ではありません。
今後の第3相試験が重要になります。
まとめ
NaV1.8は、末梢の痛覚神経に存在し、痛みの電気信号を発生・伝導するうえで重要なナトリウムチャネルです。
今回の第2b相試験では、選択的NaV1.8阻害薬LTG-001が腹壁形成術後の急性疼痛に対してプラセボより有意に高い鎮痛効果を示しました。
特に高用量群では、
- SPID48:185.30
- プラセボとの差:+62.08
- レスキューオピオイド:11.00 MME
- 約52%が48時間レスキューオピオイド不要
- 意味のある疼痛軽減まで約52分
という結果が得られています。
これは、
「痛みを脳で抑える」のではなく、末梢神経で痛みの信号そのものを抑える
という新しい非オピオイド鎮痛戦略の可能性を示した研究です。
一方、LTG-001は現時点では開発中の治験薬であり、長期安全性や幅広い患者集団における効果については、今後の第3相試験による検証が必要です。

□クリニックからのメッセージ
痛みは、すべて同じ仕組みで生じているわけではありません。
例えば、
- 関節炎などの「炎症性・侵害受容性疼痛」
- 末梢神経障害による「神経障害性疼痛」
- 線維筋痛症などでみられる「痛覚変調性疼痛」
では、適切な評価方法や治療薬が異なります。
柏五味歯科内科リウマチクリニックでは、総合内科専門医・リウマチ専門医、および肝臓専門医が連携し、関節痛や全身の痛みについて「とりあえず痛み止めを出す」のではなく、炎症、神経、臓器障害、薬剤副作用などを総合的に評価したうえで治療方針を検討しています。
関節の腫れや痛み、手足のしびれ、原因の分からない全身痛などが続く場合には、痛みの背景にある病態を整理することが重要です。
※LTG-001(onzotrigine)は現在開発中の薬剤であり、当院で処方できる薬剤ではありません。本記事は最新医学研究の解説を目的としています。
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■正式な引用文
Neil Singla, Nathaniel P. Katz, Ben Vaughn, Timothy Rogier, Todd Bertoch, Harold Minkowitz, Mallory Loflin.
“Phase 2b Trial of a NaV1.8 Inhibitor for Acute Pain.”
The New England Journal of Medicine. 2026;395(5):454-464.
DOI: 10.1056/NEJMoa2602910
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