• 2026年9月13日

【NEJM2026】17年間続いた片側性鼻腔潰瘍の原因は粘膜リーシュマニア症|渡航歴とPCRが診断を導いた稀少感染症

17年間続いた片側性の鼻腔潰瘍と痂皮形成。その診断の鍵となったのは、15年前の移住歴と小児期の皮膚潰瘍でした。NEJM Case 22-2026をもとに、慢性鼻腔病変の鑑別診断、病理組織検査、PCRによる Leishmania braziliensis の同定、そして全身抗原虫療法までを専門医が解説します。

片側だけに長期間続く鼻づまり、鼻出血、潰瘍、痂皮(かさぶた)。

日常診療では、鼻前庭炎、物理的刺激、点鼻薬による局所刺激など、比較的よくみられる原因から考えることが一般的です。

しかし、通常の治療を行っても改善せず、数か月から数年にわたって症状が続く場合には注意が必要です。

背景には、

  • 多発血管炎性肉芽腫症(GPA)などの血管炎
  • IgG4関連疾患
  • NK/T細胞リンパ腫などの腫瘍
  • 結核・真菌症などの慢性感染症
  • まれな寄生虫感染症

などが隠れていることがあります。

今回紹介するNEJM Case Records of the Massachusetts General Hospital, Case 22-2026は、17年間にわたり右鼻腔内の痂皮形成と出血が続いていた37歳女性の症例です。

最終的な診断は、

Leishmania (Viannia) braziliensis による粘膜リーシュマニア症(mucosal leishmaniasis)

でした。

この症例が教えてくれる最大のポイントは、最新の検査そのものだけではありません。

「どこで暮らしていたのか」「過去にどのような皮膚病変があったのか」という一見遠い昔の情報が、17年後の診断につながったことです。

1.17年間続いた片側性の鼻腔潰瘍

患者は37歳女性。

17年前、右鼻孔の内部に痛みを伴う小さな隆起が出現しました。

その後、

  • 右鼻腔内の痂皮形成
  • 繰り返す鼻出血
  • 痂皮を頻繁に除去する必要がある状態

が長期間続いていました。

約10年前には耳鼻咽喉科を受診し、右下鼻甲介の強い刺激と痂皮形成が認められました。

当時は点鼻薬の長期使用などによる局所刺激が疑われ、点鼻薬の中止とムピロシン軟膏による治療が行われました。

一時的に症状が改善したため、その後は通院していませんでした。

しかし、今回の受診約5か月前から病変が再び増悪。

右鼻腔の通気障害も出現したため、耳鼻科にて再評価が行われることになりました。

鼻内視鏡では、右下鼻甲介から鼻中隔粘膜にかけて、著明な痂皮、発赤、浮腫、多発する潰瘍性病変が確認されました。

2.診断を大きく動かした「15年前の移住歴」

この症例で極めて重要だったのが、詳細な生活歴と渡航・居住歴の確認です。

患者は15年前にホンジュラスから米国マサチューセッツ州へ移住していました。

さらに小児期、ホンジュラスでなかなか治らない皮膚潰瘍を経験していました。

その病変は現地で加熱した金属を用いた治療を受け、その後治癒したといいます。

左上腕には、約4 cmの成熟した瘢痕が残っていました。

さらに家族にも類似した鼻病変の既往がありました。

この

「中南米での居住歴」

「過去の難治性皮膚潰瘍」

という2つの情報が、後の診断を大きく方向づけることになります。

3.慢性鼻腔潰瘍では何を鑑別するのか

慢性的な片側性鼻腔病変では、感染症だけを考えるわけではありません。

今回のような症例では、大きく以下の疾患群を考えます。

自己免疫・炎症性疾患

代表的なのが「多発血管炎性肉芽腫症(GPA)」です。

GPAでは鼻腔や副鼻腔などの上気道病変がしばしばみられ、痂皮形成、鼻出血、鼻中隔障害などを起こすことがあります。

そのほか、IgG4関連疾患なども鑑別になります。

腫瘍性疾患

NK/T細胞リンパ腫をはじめとした悪性腫瘍でも、鼻腔粘膜の潰瘍や組織破壊を生じることがあります。

慢性感染症

特殊な感染症として、

  • 真菌感染症
  • 結核
  • ハンセン病
  • 梅毒
  • 鼻硬腫
  • リーシュマニア症

なども鑑別に入ります。

特に重要なのは、患者さんの出身地・居住歴・渡航歴によって鑑別疾患が大きく変わることです。

4.鼻中隔から生検|病理組織が示した「肉芽腫性炎症」

確定診断のため、右鼻中隔の病変から組織生検が行われました。

病理組織学的には、

  • 潰瘍形成
  • 扁平上皮化生
  • リンパ球・形質細胞を主体とする炎症細胞浸潤
  • 肉芽腫性炎症

などが確認されました。

一方で、真菌や抗酸菌を調べる特殊染色では明確な病原体は確認されませんでした。

また、血管炎、IgG4関連疾患、悪性腫瘍を積極的に示唆する所見も得られませんでした。

ここで重要になるのが、

病理組織で病原体が見えなかったからといって、感染症を否定できるわけではない

という点です。

5.PCRが Leishmania braziliensis を同定

患者には、

ホンジュラスでの居住歴

小児期の難治性皮膚潰瘍の瘢痕

がありました。

そこで、粘膜リーシュマニア症が重要な鑑別として浮上します。

保存されていたホルマリン固定パラフィン包埋組織を用いて核酸増幅検査が行われました。

その結果、

Leishmania (Viannia) braziliensis

のDNAが検出されました。

これによって粘膜リーシュマニア症の診断が確定しました。

一方、ギムザ染色では組織内のアマスチゴートは確認できませんでした。

粘膜リーシュマニア症では、病変部の原虫量が少ないことがあり、通常の顕微鏡観察だけでは診断できない場合があります。

このような状況で、PCRなどの核酸増幅検査が極めて重要な役割を果たします。

6.リーシュマニア症とはどのような感染症なのか

リーシュマニア症は、Leishmania 属原虫によって引き起こされる感染症です。

主に感染したサシチョウバエ(sand fly)の吸血によってヒトへ感染します。

感染部位や病態によって、大きく

  • 皮膚リーシュマニア症
  • 粘膜リーシュマニア症
  • 内臓リーシュマニア症

などに分けられます。

中南米でみられる Leishmania (Viannia) braziliensis は、皮膚病変だけでなく、後になって鼻腔・口腔・咽頭などの粘膜病変を起こすことがある重要な種です。

7.皮膚病変から何年も経って鼻に症状が現れることがある

サシチョウバエの吸血によって皮膚に侵入した原虫は、マクロファージなどの細胞内で増殖します。

最初は皮膚に丘疹、結節、潰瘍などを形成し、その後治癒して瘢痕だけが残ることがあります。

しかし、L. braziliensis など一部のNew World Leishmaniaでは、皮膚病変が治癒した後、数年から、ときには数十年を経て粘膜病変が出現することがあります。

その成立機序には、原虫の持続感染や遠隔部位への播種に加えて、宿主側の強い細胞性免疫応答が関与すると考えられています。

つまり粘膜リーシュマニア症では、

「原虫そのものの量」だけでなく、「原虫に対する免疫反応」も組織障害に関与する

ことが特徴です。

そのため、病変が目立っていても組織内の原虫数が少なく、通常の顕微鏡検査だけでは見つけにくいことがあります。

8.鼻づまり・鼻出血・痂皮形成が重要な症状

粘膜リーシュマニア症では、鼻腔が最初に障害されることが多く、

  • 長引く鼻づまり
  • 鼻出血
  • 鼻汁
  • 痂皮形成
  • 鼻腔内の潰瘍
  • 鼻腔の閉塞感

などがみられます。

進行すると鼻中隔などの組織破壊を生じることもあり、口腔、咽頭、喉頭まで病変が広がることがあります。

そのため、流行地域での居住歴や皮膚リーシュマニア症の既往がある人に、原因不明の慢性鼻症状が出現した場合には、何年経過していても粘膜リーシュマニア症を鑑別する必要があります。

9.治療|リポソーマルアムホテリシンBによる全身療法

臨床的に明らかな粘膜リーシュマニア症では、局所治療だけではなく全身性の抗リーシュマニア治療が必要です。

ただし、粘膜リーシュマニア症にはすべての患者に一律に適用できる単一の「第一選択薬」が確立しているわけではありません。

原因となったLeishmaniaの種、感染地域、病変の範囲・重症度、患者さんの背景などを考慮し、

  • 5価アンチモン製剤
  • アムホテリシンB製剤
  • リポソーマルアムホテリシンB
  • ミルテホシン

などから治療を個別に選択します。

今回の症例では、リポソーマルアムホテリシンBによる静脈内治療が選択されました。

10.治療中には腎機能・電解質にも注意する

初回投与時には、一過性の顔面潮紅と軽度の呼吸困難が出現しました。

投与速度の調整と薬物療法によって改善しています。

さらに治療中には、

  • 軽度の急性腎障害
  • 低マグネシウム血症
  • 悪心

なども認められました。

リポソーマル製剤は従来型アムホテリシンBより一般に忍容性に優れますが、腎機能障害や電解質異常などには引き続き注意が必要です。

そのため治療中は、

腎機能、カリウム・マグネシウムなどの電解質、全身状態を継続的に確認しながら治療することが重要です。

11.治療後、17年間続いた鼻腔病変が改善

治療終了後の鼻内視鏡検査では、鼻腔粘膜の炎症は明らかに改善しました。

その後も経過観察が続けられ、長期間続いていた鼻腔病変と痂皮形成は消失しました。

17年間続いた症状の原因が、一つの渡航・居住歴と小児期の皮膚病変を手がかりに解明された症例です。

12.この症例から学ぶ「診断の3つのポイント」

① 片側性で長期間続く病変を「よくある病気」だけで説明しない

両側性の軽い鼻炎とは異なり、

片側だけに潰瘍・出血・痂皮形成が長期間続く場合

には、腫瘍、血管炎、特殊感染症などを含めた評価が必要です。

② 渡航歴は「最近」だけを聞くものではない

感染症診療というと、数週間から数か月以内の海外旅行を想像しがちです。

しかし、一部の感染症では何年、何十年も前の居住歴や曝露歴が診断につながることがあります。

「どこに行ったか」だけでなく、

「どこで生まれ、どこで育ち、どのような病気を経験したか」

まで含めて考えることが重要です。

③ 病理で病原体が見えなくても感染症を否定できない

今回、組織内に原虫そのものは明瞭には確認できませんでした。

しかし、

疫学情報+病理所見+PCR

を組み合わせることで診断に到達しました。

現代の感染症診断では、一つの検査結果だけではなく、複数の情報を統合して考えることが重要です。

クリニックからのメッセージ

長期間続く原因不明の症状では、検査結果だけでなく、症状が始まった時期、過去の病歴、生活環境、職業歴、渡航・居住歴、服薬歴などを時間軸に沿って整理することが診断の手がかりになることがあります。

当院では、総合内科専門医・リウマチ専門医および肝臓領域を専門とする医師が連携し、症状と検査データを一つずつ確認しながら、必要に応じて専門医療機関への紹介も含めた診療を行っています。

なお、本記事で紹介した粘膜リーシュマニア症のような稀少感染症について、当院ですべての専門検査・治療を完結できるわけではありません。

原因のわからない症状から適切な鑑別診断を考え、必要な専門診療へつなぐことも総合内科の重要な役割です。

また、内科的な全身管理と並行して、むし歯や歯周病などの口腔疾患を適切に管理することも健康維持には重要です。

当院では医科と歯科が診療情報を共有し、それぞれの専門領域から患者さんをサポートしています。

※口腔ケアやPMTCがリーシュマニア症そのものを予防・治療するという意味ではありません。

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参考文献

Gray ST, Geadas CD, Sadow PM. Case 22-2026: A 37-Year-Old Woman with Persistent Nasal Ulceration. N Engl J Med. 2026;395:493-501. doi:10.1056/NEJMcpc2603178.

Aronson N, Herwaldt BL, Libman M, et al. Diagnosis and Treatment of Leishmaniasis: Clinical Practice Guidelines by the Infectious Diseases Society of America and the American Society of Tropical Medicine and Hygiene. Clin Infect Dis. 2016;63.

【執筆・監修医師プロフィール】

■ 福田 匡志(ふくた まさし)
成田赤十字病院 リウマチ膠原病内科部長 / 柏五味歯科・内科リウマチクリニック 医師。
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本リウマチ学会認定 リウマチ専門医。

■ 福田 涼子(ふくた りょうこ)
日本大学松戸歯学部歯内療法学講座兼任講師。
日本歯内療法学会専門医、日本歯科保存学会認定医。

■ 春原 優子(はるはら ゆうこ)
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本消化器病学会専門医、日本肝臓病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。

全国の患者様やご家族に向けて、関節リウマチ・膠原病・総合内科・消化器・歯科疾患を中心に全身に関する最新の医学論文や正しい知識を分かりやすく解説・発信しています。

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