• 2026年9月15日

【NEJM2026】重症三尖弁閉鎖不全症で肝臓が拍動する理由|脈動性肝臓と右心不全・うっ血性肝障害を専門医が解説

重症三尖弁閉鎖不全症では、心臓の収縮期に右室から右房へ逆流した血液が、下大静脈・肝静脈へと押し戻されることがあります。収縮期の逆流と拡張期の順行性血流が繰り返されることで、肝臓そのものが心拍に合わせて動く「脈動性肝臓(pulsatile liver)」として観察されることがあります。NEJM 2026の症例をもとに、右心不全と肝うっ血をつなぐ血流力学を解説します。

三尖弁閉鎖不全症(Tricuspid Regurgitation:TR)とは、右心室が収縮した際、本来は肺動脈へ送り出される血液の一部が三尖弁を通って右心房へ逆流する状態です。

軽度のTRは珍しくありません。

しかし高度になると、右心房や右心室の拡大、右心機能低下、中心静脈圧上昇を伴い、下肢浮腫、腹水、頸静脈怒張、肝うっ血などの右心不全症状を引き起こすことがあります。

その特徴的な身体所見の一つが、

「脈動性肝臓(pulsatile liver)」

です。

2026年の『The New England Journal of Medicine(NEJM)』では、重症TRを背景として、心拍に合わせて肝臓が明瞭に拍動する51歳女性の症例が報告されました。

MRIでは、その動きを生み出している血液の流れそのものが捉えられています。

1.症例:腹部膨満と下肢浮腫が数年間かけて悪化

患者は51歳女性です。

原因不明の右心不全があり、慢性的な肝うっ血から心原性肝硬変を合併していました。

社会経済的な背景から継続的な医療へアクセスすることが難しく、数年間にわたって

  • 腹部膨満
  • 両下肢のむくみ

が徐々に悪化していました。

診察では、

  • 腹水
  • 高度の両下肢浮腫
  • 頸部の巨大な静脈拍動
  • 胸骨左縁下部で聴取されるGrade 4/6の全収縮期雑音
  • 吸気に伴う心雑音の増強
  • 肝腫大
  • 心拍に同期した肝臓の拍動

が確認されました。

特に「吸気で増強する胸骨左縁下部の全収縮期雑音」は、三尖弁閉鎖不全症を示唆する典型的な身体所見の一つです。

そして、拡大した肝臓そのものが心拍と同期して動く脈動性肝臓が認められました。

これは慢性的な重症TRでみられることがある、進行した体静脈うっ血を示唆する身体所見です。

2.なぜ「肝臓」が心拍に合わせて動くのでしょうか?

通常、右心室が収縮すると、血液は肺動脈へ送り出されます。

しかし重症TRでは、三尖弁が十分に閉鎖できません。

そのため右心室が収縮するたびに、血液の一部が

右心室 → 右心房

へ逆流します。

さらに右心房圧が上昇すると、その圧力はその上流にある

下大静脈 → 肝静脈 → 肝臓

へ伝わります。

つまり、心臓で起こった圧変化が静脈を介して肝臓まで伝わっているのです。

収縮期

心室が収縮すると、重症TRによって右心室から右心房へ血液が逆流します。

その圧力が下大静脈・肝静脈方向へ伝わり、

肝静脈側へ血液が押し戻されます。

拡張期

心臓が拡張すると、全身の静脈から戻ってきた血液が

肝静脈・下大静脈 → 右心房

へ再び順方向に流れます。

この

収縮期の逆流

拡張期の順行性血流

が一拍ごとに繰り返されます。

その血流・圧変化が肝臓へ伝達されることで、肝臓そのものが心拍と同期して動く「脈動性肝臓」として触知・観察されるのです。

3.心エコーで確認された「massive TR」

経胸壁心エコー検査(TTE)では、

  • 右心房の著明な拡大
  • 右心室の著明な拡大
  • 右心室壁運動低下
  • massive tricuspid regurgitation
  • 正常な左室サイズ
  • 保たれた左室収縮機能

が確認されました。

重要なのは、左心室の収縮機能が保たれていたにもかかわらず、右心系では非常に高度な病態が進行していたことです。

心不全というと左室駆出率(EF)に注目しがちですが、右心不全では、右心房圧・右心室機能・三尖弁逆流・静脈うっ血を含めて評価する必要があります。

4.心臓MRIが可視化した「肝臓が拍動する仕組み」

心臓MRIでは、著明に拡大した右心房・右心室と高度の三尖弁逆流が確認されました。

さらに非常に興味深いことに、

拡張期には血液が右心房へ順方向に流れ、収縮期には血液が下大静脈・肝静脈方向へ逆流する様子

が動画として可視化されました。

つまり、診察時にみられた「拍動する肝臓」が単なる外見上の動きではなく、

右心系から肝静脈系へ伝わる周期的な血流・圧変化

によって生じていることが画像上でも示されたのです。

またMRIでは、

  • 全周性の心嚢液貯留
  • 右心耳内血栓が疑われる所見

も確認されました。

5.重症三尖弁閉鎖不全症では「肝静脈」を見る

重症TRを評価するとき、心臓だけでなく肝静脈の血流パターンも重要な情報になります。

正常な肝静脈血流は、基本的には肝臓から右心房へ向かいます。

しかし重症TRでは、右心室収縮時の圧力が右心房を介して肝静脈へ伝わり、

肝静脈の収縮期血流逆転(systolic flow reversal)

が認められることがあります。

これは重症TRを支持する重要な所見の一つです。

一方、肝静脈波形は、

  • 右心房のコンプライアンス
  • 不整脈
  • 肝臓のリモデリング
  • 右室―右房間の圧較差

などにも影響されるため、一つの所見のみで判断するのではなく、心エコー所見や臨床所見と統合して評価します。

6.右心不全がなぜ肝臓を障害するのでしょうか?

右心不全では、右心房から先へ血液を十分に受け入れられなくなることで、静脈側に血液が滞ります。

その影響は下大静脈を通して肝静脈にも及びます。

慢性的に肝静脈圧・中心静脈圧が高くなると、肝臓の類洞に血液がうっ滞し、

うっ血性肝障害(congestive hepatopathy)

を生じることがあります。

さらに長期間にわたり高度のうっ血が持続すると、一部の患者さんでは肝線維化が進行し、

心原性肝線維症・心原性肝硬変(cardiac cirrhosis)

に至ることがあります。

ただし、

「右心不全があれば必ず肝硬変になる」という意味ではありません。

肝障害の程度は、

  • 右心不全の重症度
  • 中心静脈圧
  • うっ血の持続期間
  • 心拍出量
  • 他の肝疾患の有無

などによって異なります。

7.「むくみ+肝機能異常」は肝臓だけの問題とは限りません

日常診療で重要なのがこの点です。

AST、ALT、γ-GTP、ALP、ビリルビンなどが異常であれば、多くの方はまず「肝臓の病気」を想像します。

もちろん、

  • 脂肪肝
  • アルコール性肝障害
  • B型・C型肝炎
  • 自己免疫性肝炎
  • 原発性胆汁性胆管炎

などの鑑別は重要です。

しかし、

下肢浮腫

体重増加

腹水

頸静脈怒張

肝機能異常

という組み合わせでは、心不全に伴う肝うっ血も考える必要があります。

肝臓の異常を「肝臓だけ」で考えず、心臓・腎臓・血管・体液量を含む全身の循環動態から捉えることが重要です。

8.治療と経過

本症例では診断後、利尿薬などを含む適切な内科治療が開始され、心臓移植の待機リストへ登録されました。

しかし病態はすでに高度に進行しており、治療開始から2年後、進行した心不全と敗血症により死亡しました。

この経過は、重症TRを単なる「心雑音」や「弁の逆流」としてではなく、

右心室

右心房

大静脈

肝臓・腎臓・消化管・末梢組織

へと影響する全身性のうっ血性疾患として考える重要性を示しています。

近年は重症TRに対する外科治療に加えて経カテーテル治療も進歩しており、不可逆的な右心機能低下や臓器障害が進行する前に、適切なタイミングで循環器専門医による評価を受けることが重要になっています。

9.今回の症例から学べること

今回のNEJM症例から重要なのは、「肝臓の拍動」は心臓から遠く離れた偶然の現象ではないということです。

重症三尖弁閉鎖不全症では、

右室から右房への逆流

右房圧上昇

下大静脈・肝静脈への収縮期逆流

肝臓への圧・血流変化の伝達

脈動性肝臓

という一連の血流力学によって説明できます。

身体診察、心エコー、MRI、肝機能検査。

一見すると別々の「点」に見える情報も、血液がどの方向へ流れているのかを考えると、一つの病態としてつながってきます。


クリニックからのメッセージ

当院では、総合内科専門医・リウマチ専門医に加え、肝疾患を専門とする医師とも連携しながら、問診・身体診察・血液検査・画像検査を組み合わせて診療を行っています。

下肢のむくみや肝機能異常は、必ずしも足や肝臓だけの問題とは限りません。

心不全、腎機能低下、静脈うっ血、甲状腺疾患、薬剤など、さまざまな原因を考えながら全身を評価することが重要です。

特に、

  • 足のむくみが続く
  • 急に体重が増えた
  • 息切れしやすくなった
  • お腹が張る
  • 健診で肝機能異常を指摘された
  • BNP・NT-proBNPなどの異常を指摘された

といった場合には、必要に応じて専門医療機関とも連携しながら原因を評価します。

また、心疾患や慢性疾患をお持ちの方でも、むし歯・歯周病を適切に予防・治療し、良好な口腔衛生を保つことは重要です。

歯周炎では慢性炎症や一過性菌血症が起こることがありますが、PMTCを行えば心不全や感染性心内膜炎を直接予防できる、という意味ではありません。

当院では医科と歯科が情報を共有し、全身状態や服薬状況、抗血栓薬の使用なども考慮しながら、安全な歯科治療・口腔管理につなげる医科歯科連携を行っています。


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※BNP・NT-proBNPなどの心不全バイオマーカーは、一般的な健康診断に必ず含まれている検査ではありません。必要性に応じて評価します。


正式な引用文献

Vaz A, Araújo L. Pulsatile Liver in Severe Tricuspid Regurgitation. N Engl J Med. 2026;395:e6. doi:10.1056/NEJMicm2601392

【執筆・監修医師プロフィール】

■ 福田 匡志(ふくた まさし)
成田赤十字病院 リウマチ膠原病内科部長 / 柏五味歯科・内科リウマチクリニック 医師。
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本リウマチ学会認定 リウマチ専門医。

■ 福田 涼子(ふくた りょうこ)
日本大学松戸歯学部歯内療法学講座兼任講師。
日本歯内療法学会専門医、日本歯科保存学会認定医。

■ 春原 優子(はるはら ゆうこ)
日本内科学会認定 総合内科専門医、日本消化器病学会専門医、日本肝臓病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。

全国の患者様やご家族に向けて、関節リウマチ・膠原病・総合内科・消化器・歯科疾患を中心に全身に関する最新の医学論文や正しい知識を分かりやすく解説・発信しています。

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